人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ダイアリー16/12/20 僕はペテン師にはならない

 

ちょっと気持ち悪くてナルシスティックな自分語りするのでUターンするならいまですよ。

 

いまACのCMで流れている、「日本財団子供プロジェクト」のCMを見るたびにどうしようもなく気持ちが揺れる。

思い返せば諸悪の根源は新藤晴一で、ポルノグラフィティで、カルマの坂だった。

『人は皆 平等などと どこのペテン師の台詞だか知らないけど』

小学校の授業で見たどんな「日本は恵まれています」「アフリカにはご飯を食べられない子もいるのだからきちんと食べましょう」みたいなビデオや本よりもずっと痛切に僕の胸にあの歌詞が響いた日のことを、まだ覚えている。中学生のときのことだ。

それから、中学生のあいだはユニセフで働きたいなどと言っていた。カルマの坂の少年に力を、少女に思想を与える人になりたいと。どこか遠い恵まれた国で(当時の僕は世界地図すらよくわかっていなかったのだけれど)、そういう子供たちを助けるために生きていきたいと。ユニセフの子供白書毎年取り寄せて読んでた。辞書引きながらでも読めないところあったけど。

だから高校も英語をガッツリ勉強できる学科に入った。それから、ユニセフだとかNGONPOのことを自力で調べて、こういうのって寄付がないと結構成り立たないんだなと知った。ならその寄付ってどうやって集めるのか?まさか宝くじを買うわけじゃない。「伝える力」だ。現地のことを知って、初めて寄付をしてくれる人がいる。高校生のころは、放送部でも恋愛でも「つたえる」こと、「伝えたい気持ちをどこにどのくらいつめるか」ということに四苦八苦していた。だからなおさらそれが僕に迫ったのだろう。当時は年収二千万稼ぐのが将来の夢です!なんて言っていたけれど、大学生になったころには自分の夢は記者になることにぐっと傾いていた。国際政治を専攻して、卒論は「市民革命におけるメディアが果たす役割」みたいな、テレビ新聞ツイッターyoutube、あらゆるメディアが国際政治をどう動かすかについて書いた。結果としては小さな動きの拡散と、その動きにフォロワーを作ってムーブメントを大きくすることをSNSは簡単にしたし、それをさらに広めて世論に問題提起するのがマスメディアである、みたいな結論にしたんだけど。

じゃあどうして記者やってないのかっていうと、それは就活で落ちたから。笑

で、就活で受かった会社でうつ病になって倒れて、動けない時期を超えて今があるのだけれど(むかしから抱いていた夢に立ち戻れたのだとしたら、あの会社を辞めたのは必然だったのかも)。

いま、子どもたちと向き合う仕事をしているのね。契約だからいつまで続けられるかわからないのだけれど。

あの子たちと向き合っていると、中学生のときの自分の夢を思い出す。カルマの坂の少年に力を、少女に思想を与えたかった頃の僕を。そしてそんな僕にトドメをさしてきたACのCMだ。

仕事としてか、ライフワークとしてなのかはまだわからないし決めてもいないのだけれど、子どもたちのために働きたいなと思う。

わざと青臭い言い方をすると、未来に種をまくために働きたい。僕らの世代で、偏見や嫌悪より、受け入れ合うことができる社会をつくりたいと思うし、それをつくれたあと、キープしてほしい。そこに美しい花を咲かせてほしいと思う。

ただ、お金持ちの子どもの家庭教師になりたいかというとそういうわけでもなく。家に帰りたくない子や、クラスですこししんどい思いをしている子に、手を差し伸べたい。ひとりにしたくない。日本の子どもは多くの大人が思っているよりはるかに相対的貧困層が多いし、なまじ1人で遊べるおもちゃが充実しているぶん、孤独に陥りがちだ。

そういうところに寄付ができるようになるためにバリバリ働けるようになりたいのか、直接そういう場で働いていきたいのか、仕事とは別にライフワークとして携わりたいのか、まだ決めていないし、いやそのまえに薬もう少し減らさないと僕が子供を困らせてしまいそうなのだけれど。

 

「伝える」ことは、「還元する」ことと似ているなと思う。僕の知識や、言葉や、能力や、持ちうるものすべてを子供に還元していく。子どもたちの不要な偏見を取り除いていく。わけわかんねえまとめサイトより本を読めとうるさいおせっかい野郎でもあるのだけれど笑。

今の僕にはまだ子供や社会や世界に還元できるものなんて本当に少なくて、だからもっと勉強しないといけないし、もっと目の前の一瞬一瞬に誠実で在らなくてはならない。いつかもうすこし具体的に決めないとなと思うけれど、僕はこれからの時間を、日本と世界の裕福ではない子供たちのために使えたらいいなと思っている。

 

そんなかんじ。

なんか、いいボランティアとかあったら教えてください。もちろん仕事でもいいです。バイトでもなんでも。

 

 

略してやおい

 

「あしたライブの物販にあきと並ぶから、8時過ぎの電車に乗る予定で起きるんだけど、母さんあしたは朝イチで何か予定ある?」
「母さんは火曜市に卵買いに行くけど……あなたそんなラッシュアワーの電車乗れるの?」
「………わすれてた…!!!!」

というのが、昨晩のできごと。
それからあきに連絡をして、そういえばそうだったな!ということで遅れて合流させてもらうことに。
いちおう8時に駅に行ってみたけど、狭い出口に殺到する人々を見て、ウッ、ってなってしまったから電車には乗れなかった。ひとやすみして9時くらいの電車に乗った。

もし、あのとき母に、「ラッシュアワーの電車乗れるの?」と聞かれなければ、特に意識せず、勢いで乗れてしまったのではないかという気が、ぼんやりとしている。
もちろん母は僕のうつとパニック症がピークだったところを見ているから、心配して声をかけてくれたわけなのだけれど、僕自身は、僕がラッシュアワーの電車に乗れないということをほとんど忘れていたのだ。なにも考えていなかったという言い方のほうが正しいかもしれないけれど、すくなくとも自分の頭の中の優先順位から下がっていたことに違いはない。
いっとき、人と会うために新宿駅へ出向くことが多かったのだが、あれはいま思い返せばあまり良いことではなかったのだろう。自分では問題ないと思っていたが、あの場所そのものへの自分の恐怖心というのはまだ拭えていない。それを拭えるほど、あるいは上塗りできるほどポジティブな記憶が自分にないからだ。いまは新宿駅へ出向くことはほぼない。目的地が新宿でないというだけで、電車に乗るのはずっとずっと気楽だ。

うつ病と診断されて、一年半がすぎた。いっときは「これはラムネ菓子か何かなのか?」と思うほどの量の薬をガブガブ飲んで、それでもまだなお部屋から出ることができなかった。冷静に思い返せるようになったいま、あのとき死なずに、というか自殺に踏み切らずに済んだのは単に自分がラッキーだったからだと思っている。電通で酷使されて亡くなった女性と僕の違いは、たぶんほとんどなかったのだ。あるいは彼女の優秀さを思えば、死ぬべきは僕だったのかもしれない。

いまは薬は圧倒的に減った。ピーク時の4分の1くらいだ。信頼できるお医者様のおかげで自分の特徴や傾向としての自閉症スペクトラムを認識することができ、なるほどだからあのときあそこまで追い詰められたのだなとか、こういうことが苦手なのは自分の努力不足ではなくて先天的な向き不向きだということがわかるようになった。そして「向いてない」と言い訳するだけでなく、どうしたら「向いてないなりに上等にこなせる」「向いてないことを伝えて人に協力してもらえる」のかまで考えられるようになった。

長い時間がかかった。
最初の一年、うつから脱却するために無駄なあがきをたくさんしていたなと思う。夏の断捨離をきっかけにふっと軽くなった思考で世界を見ると、やはり今年の夏から今にかけての4ヶ月弱…とくにTHE WAYというポルノのライブ以降の、自分にできることが増えた、自分に自信を持ち、自分に対する肯定感を自ら殺すことはなくなりつつある。

半年後のことは、まだわからない。
半年後、今の仕事を(契約なので)更新できているのかすらよくわからないし、ましてそれより先のことなど、まるで考えられない。予想もできない。そもそも会社をうつ病で辞める人生プランじゃなかったしな。正社員としてどこかの会社に雇われることが今の僕にできるのか、まだ怖い。

でも、とりあえず今日生きているし、毎日ひとつくらいは幸せなことがあるし、ご飯は美味しい。一緒にバカやってくれる友だちもいるし、ライブも楽しみだし。恵まれていて、ありがたいことだらけだなと思う。与えられるものに感謝ばかりだ。恩返しも恩送りもぜんぜん足りていないから、いつかきちんともういちどいろんな人に感謝を伝えないといけないと思う。

つぎ、ラッシュアワーの電車に乗る必要がいつあるかわからないけれど、何駅かごとに降りながらかもしれないけれど、それでも、乗れるような気がする。乗れたらいいなあと思う。指折り数えながら、できないことを克服していきたい。


やまなしいみなしおちなし!!!!

 

AAA2016で考えたこと

自分がやりたかったこと、むかし夢みていたこと、それに近いことをしている人たち、あるいは、そのために貸せるだけの力や魅力がある人たちを見たあとに、ふと鏡で自分を見ると、ほとんど絶望的な気持ちになってしまう。それがいま。‬AAA2016に行った感想。

貧困に苦しみ、知識があればかからずに済んだはずの病気で死ぬ子どもたち。何も悪くないのに、一方的に故郷や、友人や、家族を奪われる子どもたち。国内外関係なく、そういう子供たちのための仕事がしたかった。だからユニセフで働きたかったし、そのつぎはジャーナリストになりたかった。でもそのどちらももはや叶えられないと知ったいま、のこるわずかな悲しみ、夢の残骸のようなものが、いまはすこしつらい。

このあいだ世界報道写真展を見に行ったときは、クヨクヨしてる場合じゃないぞ、と自分にハッパをかけられたし、いまもそうするべきだとわかっているけれど。でも、どうしてもかなしい。お腹空いてるからかな。書いてるうちに気が変わると信じて書いていく。

 

どうか、いま自分がしていることが、いつか巡り巡ってどこかの誰かの助けになりますように。

いま自分が発する言葉が、いつか誰かの力になりますように。

 

ものすごく端的に言うと、稼ぎたい。寄付したい先、協力したい団体はたくさんある。専門的な知識のない僕が提供できるものって、お金くらいしかないからね。あとは誰でもできる系のボランティア、はじめたい。

そのためにまず病院通わないでよくなるようにならなきゃ。毎月の薬代がわりとバカにならないから、その金額を、たとえばAAAの団体に託せたら、なんにんの子どもの笑顔が生まれるのかなあ。ボランティアできる余裕は、たぶんこの調子でいけばそろそろ生まれてくると思う。なんにしろまずは自分と向き合わなきゃ。

 

そう、無力を嘆いている暇はない。

できないものはしかたない。できることをやるしかない。何もできないよりはずっとマシだ。誰かへの影響力もないし、寄付できるようなお金もないけど、それでも、まだなおできることを考えて、実践に移さなきゃ。考えることはできる。そしてそれを文字に起こして、誰かに伝えることはできる。

知ることがワクチンになるのは、HIV/エイズのことだけじゃない。いろんな差別や、偏見や、少しの苦しみは、知ることで改善できる。知識は力だ。僕はその知識を人に伝えられる人にならないといけないし、そのために文字を書き、今の仕事をしているし、勉強をしているわけだ。

 

そう、無力を嘆いている暇はない。クヨクヨしている暇はない。できることをできるようになるために、自分で自分にハッパかけよう。

 

ActAgainstAIDS、エンターテイメントを享受しながら、貧困国におけるHIVの実態を知ることもできる、素晴らしいイベントです。しかもチケ代やグッズ代はほぼ寄付になる!僕は今日、募金箱に小銭を全部突っ込んできました。

エンタメとして普通にクオリティ高いからさ、みんな、来年一緒に行こうぜ。

 

 

NAKED

 

ティーン時代に前の記事みたいな曲を聴いて育った。当時聞いていた音楽からきっと僕は∠RECEIVERにたどり着く運命だったんだと思う。
なら、そんな僕が24ちゃいになると、どんなものを聞くのか。何を感じるのか。

今回このためにウォークマン見ながら曲をピックアップして気付いたけれど、僕ってどこまでも「さらけだして」いるよね。隠していない、というか、隠せないっていう方が正しい。なにもかもすべてカミングアウトして生きているというか。隠すこと、黙ることも美徳だけれど、僕はさらけだすことしかできない。そうやって言葉として、あるいはなんらかのかたちで残すこと、誰かに見える形にしておくことが、僕のひとつの行き方みたいなものなのかもしれないなと。
開かれているからこそ受け止めることもできるし、打ち明けられることもある。
オープンでネイキッド。クローゼットから飛び出して、大好きな服を着て、自分をそのままさらけだすこと。存在そのものが開けていること。そういう風でありたいなと思う。

 

順不同。歌詞だけ。完全に自分用のメモ。自分洗脳用ソング。
好きな歌!でやったら全く別物になると思う。


NEWS・四銃士
「そう我らは四銃士
銀の十字架背負い
白い羽根つけた
鍔広帽を身につけて
笑いたけりゃ 笑えばいい
貫いているモノに
嘘偽りはない
僕はだから 揺るがない」

RAGE IDENTITY・VALSHE
「この声も顔も身体も髪も
いま残らず全てをさらけ出す
引き返す場所なんてない それが「証明」」

naked mind・KinKi Kids
「自分が自分に 捕らわれてちゃ そう 辿り着けやしないから さらけ出せ」

REVERSI・UVERworld
「逃げてもそれなりに幸せなこの世界で
まだ此処じゃないと言えるから」

7th trigger・UVERworld
「もう覚悟は出来てる
かかげた理想と心中しちゃえるくらいの」

fight for libertyUVERworld
「人生が二度あるなら こんな険しい道は選ばないだろう
でもこの一回 たった一回しかチャンスが無いのなら
何かをもう傷つけ傷つけられたとしても
後ろに明日は無い 力を宿せWAR」

SUN・星野源
「祈り届くなら 安らかな場所にいてよ
僕たちはいつか終わるから 踊る いま いま」

LOSER・米津玄師
「耳をすませ遠くで今 響きだした音を逃すな 呼吸を整えて
いつかは出会えるはずの 黄金の色したアイオライトを きっと掴んで離すな」

WODDEN DOLL・米津玄師
「あなたが思うほどあなたは悪くない
誰かのせいってこともきっとある
痛みを呪うのをやめろとは言わないよ
それはもうあなたの一部だろ
でもね、失くしたものにしか目を向けてないけど 誰かがくれたもの数えたことある?
忘れてしまったなら 無理にでも思い出して
じゃないと僕は悲しいや」

2012spark・ポルノグラフィティ
「それがこの時代だとか言われたら なんとなく頷いてしまいそうにもなる
では誰のための時代か? 問うたなら
そんなもん 俺達の為なんだと
得意げな顔をして言い切ろう
立ち回り入り乱れ食らいつくLITTLE SPARK」

FLAG・ポルノグラフィティ
「燦然とキミは頭上へと光り輝く旗をたなびかせ
颯爽と今を駆け抜ける使命を持っている 道は険しくとも
愛も仁義も風林火山も平和も絆も希望もambitiousも
この時代には全部正解で一人一人が試されている
僕はそう思うけどキミはどうする?」

good luck to you・ポルノグラフィティ
「お前はゼロじゃないから」

stand alone・ポルノグラフィティ
「逃走だ 行き詰まるほどの 窮屈な毎日に
小さな奇跡を起こせ 誰も気づかなくても」

エピキュリアン・ポルノグラフィティ
「ボクらは今日よりも明日の方が幸せだと強く信じよう いつでもドリーマー」

幸せについて本気出して考えてみた・ポルノグラフィティ
「どうにか勝ち越してみたい 幸せ全勝狙い」

電光石火・ポルノグラフィティ
「電光石火で夢の中までキミの中まで
脇目も振らず走り抜くオレ 様になってたから
まだ見ぬ未来を憂うのはヤメにして
踊らされて曲がりくねった自分らしい道を
ギラギラとカッコつけてぶっ飛ばそう」

瞬く星の下で・ポルノグラフィティ
「信じるという言葉を 君は子供っぽいと笑うかい?
見渡す限りの荒野で 行き先を示すもの
胸に抱いて歩いてこう 世界がわずかに輝く」

真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ・ポルノグラフィティ
「Hey Sister 光と闇はいつも隣り合わせにあって そのど真ん中に立っていること 誰も教えてはくれない
太陽が囁いたのがたとえ絶望の歌であっても
惑わないように 染まらないように その身をただ輝かせていればいい」

ワンモアタイムポルノグラフィティ
「One more time 僕らは信じてる
心と心が繁がった時に
きっと新しい明日の風が吹き背中を押してくれる」

 

THE DAY

「踏み出すその一歩一歩が変えていけるさ THE DAY HAS COME」

 

∠RECEIVER・ポルノグラフィティ

 

むかしの話

別に何か言いたいことがあるとかそういうことではなく、ただふと久しぶりにミスチルが聞きたくなって聞いてみたら、もしかして中学生や高校生のときに僕が聞いていた音楽がいまの僕の道筋、あるいはそれを歩むための靴や決意、ひいては∠RECEIVERという概念につながっているのかなと感じた気がしたので、自分のためにまとめておきます。

「好きな曲」と「特別な曲」を分けて考えるとしてね。
好きな曲ってすると「ぜんぶぶっころせー!しねー!ふぁっく!!!!!」みたいになってしまうからね。ミスチルで当時一番聞いてた曲の好きなフレーズ「見え透いた嘘もいい 優しく殺してくれ」「FUCKする豚」だからね。笑
(これはこれでガチ名曲なのでミスチルのBrand new my loverという曲ぜひ。)

僕が中学生のときに聞いていたのは主にポルノとミスチルでした。もちろんみんな大好き林檎ちゃんとかYUKIちゃんとか、ひと通りいろいろ聞いていたけれど。で、高校生のときはポルノとUVERでした。
今でもたまに精神統一として特別な曲の歌詞をノートに万年筆で書いたりもするけれど、当時から(無印の六角ペンとかだったけど)でそれをしていて、そういう曲を思い出して聴き直してみる。そして特に好きな歌詞を一覧として僕のために並べてみようと思う。


Lump of Affection・UVERworld
「愛という言葉へ繋ごう 愛という言葉へ繋ごう
 手を繋ごう 手を差し出すだけでいい
 俺がその手を掴むから
 WestもEastも関係ない そんな人道は此処で消化して
 肌で感じて それを素直に
 愛という言葉へ繋ごう」

これたぶん最近のUVERしか知らない人が聞いたら唖然とするんじゃないかなと思う。サウンドも歌詞も今みたいな洗練性は全然ないから笑 でもストレートに訴えかけてくる強さと愛。たくやくんの歌う「愛」っていつも本当に清く「愛」なの。そこに、高校生が戯れで言うような幼さとか、大人の穢れとかがない。彼が歌う愛なら僕は信じられる。僕もすべての人と手をつなぎたい。あらゆる属性や出生にまつわるものを無視して。それを素直に愛という言葉に。


Roots・UVERworld
「いつだって
 絶望の時代で分かってるんだよ
 歌じゃ世界は救えないことも
 そぅ でも
 変わってく願いを歌うよ
 僕だけでも目は伏せない」

「ぅ」なのが可愛いよねこれ。「愛で救われた事実を人は忘れられないんだ」っていうサビもある。この曲はある意味とても独りよがりなのだけれど、それでも「自分の信じるものを貫く」「自分のできることを尽くして人へ愛を手渡す」というたくやくんの決意が美しい。世界は変わらないけれど、自分が何か行動することで変わる場所ってあるから。そのためにUVERは音楽を、僕は言葉を。ポルノ晴一さんの「僕には何ができる?できることなんかほんの少しだ。でも少なくとも考えることはできる。そして詞も書ける」の、たくやくん版みたいな気がしている。僕が届けられるものを、僕にできることをして、信じて生きる。僕の好きな人にこれがとても似合う人がいて、僕がこれを好きというのはとてもおこがましいのだけれど。

 

病的希求日記・UVERworld
「ねぇ 60億のライト
 凍えて消えそうな
 小さな光を
 その全てを灯してから
 人の私欲贅沢はそれからじゃないの?」

当時は僕ユニセフで世界の貧困で苦しむ子供を助ける人になりたかったんですよね。カルマの坂のせいなんですけど。そこから国際政治を勉強して、ジャーナリズムへ僕の心は動いていったんだけど。だからこの曲は自分の怠惰で聞いてはいけなくて、必死に立ち向かって聞いていた。「悲観と向き合う人の心に 一つも陰りなんて無かった」という歌詞もあって、そこに驕りや陰りや迷いがあってはならないのだと、もちろんお金とかも必要なんだけど、愛の純粋なちからも必要なんだと、今の僕も思い続けている。


掌・Mr.Children
「ひとつにならなくていいよ
 認め合うことができればさ
 もちろん投げやりじゃなくて
 認め合うことができるから
 ひとつにならなくていいよ
 価値観も 理念も 宗教もさ
 ひとつにならなくていいよ
 認め合うことができるから
 それで素晴らしい」

これ解説いらないよね!?今の僕の価値観の基準のひとつがそのままこの歌詞です。ひとつになることも、愛し合うことも無理でも、認めあい、受け入れあい、憎みあわないことならできる。そうやって哀しみの連鎖を切断する。寛容、需要、承認。僕がすべての戦争やマイノリティや異文化への弾圧に抗議する理由のような歌詞です。


Any・Mr.Children
「そして僕は知ってしまった
 小手先でやりくりしたって
 何一つ変えられはしない」
「今 僕のいる場所が 望んだものと違っても
 悪くはない きっと答えは一つじゃない
「愛してる」と君が言う 口先だけだとしても
 たまらなく嬉しくなるから それもまた僕にとって真実」

答えはひとつじゃない。僕だって人生における想定外のトラブルに殺されて今を生きているけれど、だからこそ得られたもの、だからこそ登れたステップ、だからこそアップデートできたものがたくさんある。嘘かもしれないと疑うことよりも、目の前にいる好きな人の言葉をただ信じる力。とても難しいけれど、信じることで初めて生まれるものももある。相手のことも、自分のことも、信じること。疑うほうが簡単だからこそ。


タガタメ・Mr.Children
「この世界に潜む 怒りや悲しみに
 あと何度出会うだろう それを許せるかな?」
「子供らを被害者に 加害者にもせずに
 この街で暮らすため まず何をすべきだろう?
 でももしも被害者に 加害者になったとき
 かろうじて出来ることは
 相変わらず 性懲りもなく
 愛すこと以外にない」

HEROよりこっちが好き。許すこと。信じること。悲しみや怒りを受け入れること。愛せなくてもいいから理解すること。受け入れあい、抱きしめ合うこと。罪を憎んで人を憎まず。あなたと、将来と、目の前の子どもを、愛すること。大きな海の中で。受け入れあうこと、許し合うこと。愛することと信じること。僕の目指すもの。


デッサン#2・ポルノグラフィティ
「そこで待ってていつかは会いに行くよ
 話したいことが両手にいっぱいに溢れてる
 その時まで僕なりに頑張ってみる
 そしたらもう一度抱きしめてよ」

大好きだった友人がなくなったとき、僕を救ってくれた愛の歌。ねえ、君が好きだったKAT-TUNはいまはもう3人なんだよって言ったら信じるかなあ。祖父も祖母も、いつか僕をもう一度抱きしめてくれるって信じている。


Seach the best way・ポルノグラフィティ
「運命が僕を追いかけるくらいに
 清潔な衝動に正直でいたいんだ」

当時から今まで、僕の合言葉。ずっと自分の清潔な衝動に、確かに動いた心に素直であろうとしてきた。うまくいかないこともあったけど、いまはますますそれを大切にしている。何かのカテゴリーに負けることもなく、縛られることもなく、僕はただの僕であるように。


Don't call me crazy・ポルノグラフィティ
「今に見てろ」

何かをやっつけるときの、そして一瞬の我慢を強いられるときの、僕の合言葉。「今に見てろ」。

 

ちょっと満足した。あとで今の自分が大事にしている曲の歌詞も羅列しよう。

 

just call to say i love you


情報を発信して自分の状態を他人に伝えることがものすごくイージーになった今だからこそ、まず真っ先に(あるいはSNSとか噂話よりも先に)、その人の大切な話を聞かせてもらえるというのは本当にありがたくて嬉しいことだなと思う。
大事な友達、という存在が自分の人生をポジティブに変えてくれるなんてことはわかりきっていることだけれど、改めて感じることが多いから、改めて書いておく。

話の内容はなんだっていいんだ。晩飯が美味かったとか、これ面白そうだから今度行こうよとか、ほんとなんでもよくて。あるいは考えていることや悩んでいること、知りたいことでもよくて、本当になんでもよくて。
それそのものの大きさに関わらず、誰かの打ち明け話の相手に自分がなれるというのは、本当に嬉しい。その相手として自分を選んでくれたことを光栄に思う。
なんでもいい、どんな話でもいい。人に言える話でも言いたい話でも言えない話でも、言いづらい話でも、言うほどでもないかなって内容でも、どんなことでもいい。苦しみや悲しさ、言いづらい話をしてくれるならなおさらありがたい。感情を吐露することの難易度は人によれど、体力を使うことであることに変わりはないから。
僕は他人への自分の好意は基本的に片思いだと思っているから、だから、そういうひとことをもらえるだけで、なんだかその片思いが報われたような気持ちになる。
僕が、あなたの打ち明け話ができる相手でありつづけますように。そのために、これからも続くその一瞬一瞬を、その人と向き合って誠実に生きていかないといけないと思う。これは自戒を込めて。

あまりにも自分が人間関係に恵まれて救われているから、どうしたらこの感謝を返すことができるのか、どうしたらあなたや君や好きな人やみんなにお礼ができるのか、悩んでしまう。みんな本当にありがとう。好きな人がたくさんいる人生は、本当に幸福です。たとえあなたがあなたを嫌いでも、僕はあなたのことが好きだし。とにかくお礼を言うことしかできなくて、それじゃぜんぜん足りないけど、でも今出来る精一杯をしています。好きな人に好きと、ありがとうと言える幸福を噛みしめている。

ツイッターでもラインでもなんでもいいから、ああ、誰かに話したいなと思ったら、連絡してね。わりとどんなことでも聞けると思います。そういう存在だと示すことができる自分になれるように、僕がんばる。

愛と感謝と誠実さ。僕の大好きな人にとって、わずかでいいから僕にできることがありますように。

 

 

ベルリンの壁を壊した力を信じる


僕は海の中を好きなように好きなだけ泳ぎ踊っているお魚で、他にどんな魚がいても、どんな種類の動物や植物がいてもいいし、海からつながる川ではそれを憩いにしているたくさんの生き物がいるのだろうこともわかる。人間が海に潜ったり泳いだりして楽しんでいるのも知っている。
海はなんでも受け入れるすべての受容の源であり、同時に、すべての生き物へ水や癒しを提供する愛の源でもある。地球の生命が始まったのは海からだし。天気が悪いと波と一緒に僕の気持ちが荒れることもあるけれど、それはごめん。うまく避難して。でもまぁ海がきれいならだいたいなんでもオッケーだ。
ただ僕が1つだけ受け入れられないのは、その海を汚そうとする人たち。ゴミを投げ入れたり、サンゴ礁を削り取ったりする人たちだ。そんなうつろな連中への慈悲はない。

僕は「分断」「嫌悪」「差別」から生まれる力よりも、「受容」や「寛容」、そして「愛」から生まれるものの力を信じている。
海のサンゴ礁を削り取るようなうつろな人々は、分断や差別を支持することが多いように思う。
言うまでもなく、すべてのものを愛せるはずもない。でも「拒絶」することよりも「理解」「許容」することこそが、これからの時代を生きる僕らに必要な力だと信じている。

そして往々にして「無理解」「無知」が「嫌悪」や「拒絶」を育んでしまうと僕は思っている。
だから僕は自身が学ぶことを絶対にやめない。
その学び得たことを伝え広め、「知る」ことでうまれる「理解」を多くに促していくこと、拒絶を受容に変えていくことが、大げさに言えば自分の使命みたいなものなのだと感じている。

僕自身が「分断や差別よりも、受容や愛のほうが美しい」ということを体現できるようにならなければならない。それこそが∠RECEIVERのあるべき姿だと思う。
世界で自然が起こす災害のようなことはもちろん、嫌悪や暴力が起こす悲しみも、すこしずつ「受容」による愛の世界に変えていきたい。せめてこの両腕が届く範囲だけでも。

分断や差別よりも、需要や愛のほうが美しく、より多くの人に優しい。それを言葉にし、声にし、体現していきたい。

某米新大統領を僕は支持しない。なんだかんだそれなりにこなすのだろうけれど、その影でなんらかのマイノリティが損なわれるようなことがあってはならない。それはこの国でもだ。日本の現政府はマイノリティを損なうことを気にしていない、ゆえに支持していない(他にも理由はたくさんあるが)。マイノリティを損なうことよりも、与え合うこと。弱者から奪うよりも、分け合うことを。豊かさは剥奪からは生まれない、豊かさは与え合うことで生まれる。


はい、厨二病です。どうとでも言ってくれ。でも僕は自分の動作性IQを犠牲にして得た言語性IQの高さは、このためにあると最近思えてならない。ここ数ヶ月で僕の頭の中はどんどんクリアになっている。捨ててでも得るべきものはあるんだと。はい。厨二病です。