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人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

冷えた夜の幸福

「誠実」
それは一瞬のうちにこめるべき全力のことだ。
僕が君に手渡せるのはこの一瞬しかない。過去は変えられない、未来はいつだって不透明、ならばいまこの手にある「いま」だけが、僕が感情を込められる全てだ。
だから、誠実さとは、「一瞬の全力」のことを言うのだと僕は思っている。

そして誠実であることは、すなわち∠RECEIVERであるこもでもある。

トラブル、未知、恐怖、自然、人間、そんなあらゆる起こりうる出来事から逃げない存在であること。虚構に惑わされることなく、そこにある真の意志だけをしっかりと聞き取って、自らのその「RECEIVEするチカラ」を信じること。逃げることよりも、抱きしめることを選ぶこと。
それが僕の思う、∠RECEIVERであることだ。

起こりうる出来事のすべてから逃げないことは、まさしく誠実であることだ。目を背けたり、聞いているふりをしたりするのは、その瞬間に全力を尽くせているとはとても思えない。
もちろんすべてを一瞬で受け入れて理解するのは難しい。それでも、自分に尽くせるだけのことはすべて尽くす。目を背けない、それだけでいい。その誠実さを、その瞬間に尽くすこと。

虚構に惑わされず、そこにある真の意志を聞こうとすることも、誠実であることと同じだ。なにかを判断するための材料は、やまほどある。名前、出身、年齢、背景、でもそれはすこし曲がると偏見とも呼べる。だから僕はその語り手のストーリーを聴き終えるまで、判断を保留にする。ストーリーを聴きながら、自分の耳で、自分の目で判断する。僕は自分で触れたことだけを信じる。僕は自分の審美眼を信じている。そして僕は自らの審美眼のことを、「∠RECEIVEするチカラ」と呼びたい。ダサいとかそういうのはいいんだ。相手のストーリーを、その瞬間のすべてを尽くして誠実に傾聴すること。それが∠RECEIVEすることだ。誰も耳を傾けないような話でも、誠実を尽くして∠RECEIVEするよ。そういう存在でありたい。

そして、目の前の異文化を抱きしめる余裕、あるいは目の前で起きるささやかな幸福、そんなありとあらゆるものを、ぎゅっと抱きしめられること。すべてのものを肯定すること。批判をしないわけではないし、指摘だってするだろう。一緒に考え、構築もするだろう。でも、かならず一度抱きしめる。ぎゅっと抱きしめてみせる。一度この手に抱える、∠RECEIVEする。抱きしめて肯定して、それから一緒に考えればいい。

僕は∠RECEIVERになりたい。
君の打ち明け話を聞かせてほしい。誰にも言えずに悩んでいることがあれば、それを聞かせておくれよ。指摘や、質問はすると思う。それは許してくれ。でも、かならずきみを肯定する。きみの罪も、きみの功績も、いちどきみとは切り離して考える。罪は非難されるべきだけれど、きみは抱きしめられるべきだと、僕は思うから。

目の前のきみのために、この一瞬を尽くそう。あらゆる偏見から逃れ、きみのストーリーを傾聴し、そして肯定する。大丈夫、と抱きしめさせてほしい。

許しを乞う必要はない。ただ、僕はきみのベッドの上のテディベアのような存在になれたらと思う。誰にも言えない話を、僕になら話しても平気だと、そう思ってもらえるような、∠RECEIVERになりたいよ。
そのために、僕は瞬間に全力を尽くす、誠実さを身につけるから。


でも、∠RECEIVERであるのは、あくまでもこころの核の部分の話。そりゃ、にじみでたらそれがいちばんいいけど。

顔面は、いつだって美しいものといたずらと楽しいことが大好きなgood luck to you野郎だよ。楽しく生きよう、あらゆることに好奇心をぶつけて生きていこう。享受できうるすべてのエンターテイメントに耽り、出会えるすべての人に出会って、刺激しかない暮らしをしよう。そんな出会いの中で、僕は、誰かの∠RECEIVERになれたらいい。

楽しいことをたくさんしよう。美しいものをたくさん作り出して、美しいものにたくさん触れよう。気持ちいいことばかりしよう。他を寄せ付けないくらい、死ぬまで青春を謳歌しよう。同じアホなら踊らにゃ損だし、バカをやるなら一生懸命なのがいい。
自分の快楽に誠実に。自分の審美眼に誠実に。そして、きみの打ち明け話を、ちゃんと∠RECEIVEするよ。
僕はこの世界から逃げない。