人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ADHDと僕

前回の記事では「僕はアスペルガーうつ病性自認迷子」と書いたけれど、厳密には(?)僕の診断はアスペルガーではなく「自閉症スペクトラム」で、まぁ平たく言うと、発達障害の中でいくつかに分類される学習障害(LD)以外の、アスペルガー症候群ADHDが併発しています。

 

たぶんこちらのサイトがわかりやすいのでご興味あれば。

 

https://h-navi.jp/column/article/167

 

で、先日からついに!うつ病の薬を一定量を保ちながら、ADHDの治療にも踏み切ってみることになりました。投薬治療です。

薬めっちゃ高くて死にそうなんだけど(財布的な意味で)。

※2017/06追記:薬、あんまり効果なかったのでやめました!もともとのIQが低くないから?あんまり効かず。今後の治療については悩んでいます。

 

僕には、できないことがたくさんあります。

それはみんなもできないことくらいあると思うけど、僕は「頭ではわかっていても体が動かない」とか、「頭の回転や集中をコントロールできない」とか、そういうのが医学的な数値としても、日常生活の観察をもっても、とても目立つみたい。

 

で、ここからは僕とADHDの話。これアスペルガーもどっちも病気じゃなくて障害らしいですね。僕障害者なのか、とぼんやり。障害者手帳とかそういう申請の話がいい加減出てきています。でも要介護ってわけじゃないしな、と悩んだりしています。

アスペルガーADHDを併発しているので、どこまでがアスペルガーによる障害、どこまでがADHDによる障害なのか、自分でもよくわかっていません。ていうか、それらを指摘されたこと自体がとても最近だから、「なにが自分の症状なのか?」がまだ認識でききってないというか。

 

ただ、お医者様と話をしたり、カウンセリングを受けたり(カウンセリングも高くてビビる)、本を読んで自分なりに勉強したりして、ああこれが僕のADHDの症状かな?と思うことと、ああもしかしてこれって、僕が自分ができないのが悪いんだと思って無理やりなんとか解決方法を身につけたことじゃないか?ということがたくさんある。

 

たとえば目的の時間に対して時間の逆算ができないこと。遅刻魔なのはこれが原因で、どうにかするために親に協力してもらったりしていた。

たとえばものごとの優先順位や目標設定がやたらとへたくそなこと。優先順位とか難しさがわからないから安請け合いして徹夜したりね。笑

あと過集中。これ本読んでるときに僕に話しかけてくれたことがある人は想像つくと思う。周りを完全にシャットダウンしてしまうから、声をかけられても気づかない。そしてその集中力を自分でコントロールできない。(車の運転したくない1つの理由もこれ。免許は難なく取れたけど、自分でこえーなって思ってしまう)。

何かをしているときに他のことに気がつくと、そっちに過集中がいってしまって本来の目的が達成できなかったり、強い衝動性をコントロールできなかったり。あと家事ができない。とにかく家事ができない、ひたすらに効率が悪いから、「料理しながら並行して片付けもする」みたいなのが無理。とか。約束も年中忘れるし。書いてあるはずの手帳も見ないし。こういうの僕ずっと「自分の生きづらさ」「自分の努力が足りないだけ」と思っていたんだけど、どうやらそうではないみたい。

 

「そんなの私も同じだよ」って人もいるかな。でもこれらの症状、障害はマジで人によってそれぞれなので、あくまでこれは僕の場合。診断をちゃんと受けてね。

 

でもこういうADHDの症状を聞いていて、「あ、もしかして、これって自分が気付かなかっただけで、すごい努力してなんとかしてきたことなのでは?」と思うこともあったりする。

 

たとえばADHD典型の「人の話を集中して聞けない」こと。あと前の記事にも書いた僕の耳の弱さ。○○しながら△△する、ということができないこと。音楽聴きながら本が読めないし、テレビ見ながら勉強できない。

だから学生のとき、教科ごとに2冊ずつノートを持ってました。先生の言ったことを授業中に理解して、ノートにその場でまとめて、書き取るということが並行してできなかった。だから先生の言っていることを右耳から入れて左耳から出す感じでぜんぶノートに(本当に一字一句)書いて、それを見て自分で要点をまとめ直して理解をするための、2冊のノートが必要だった。無印の5冊セットのノートが安くて使い勝手がよくて好きだった。

 

あと、複数人でいるときに、あっちこっちで会話が起こっていると、どれにも入っていけない。耳が弱いのと、集中力がないのとで。だからこそいわゆる「コミュ力」とか「会話術」を必死に磨いて(これは訓練ができるものだから)、常に複数人の会話を回せるポジションにいられるようにした。そうすれば自分で相手の話を理解しつつ、たとえ複数人であってもひとつの話の筋を追いかけていればいいだけだから。これはすごい努力が必要だったと思う。前の記事に書いた、空気が読めないから理詰めで推論するようにした、というのと同じ。失敗すればますます白い目で見られるだけだから、タイミングを必死に計って、本を読んで語彙や言い回しを研究して、どうすればツッコミや話の受けや相槌がうまくできるか、相当勉強した。それこそ語彙のためのノートも作ってた。笑

 

自分の衝動性にいつも逆らえないから、止めてくれる人が近くにいてくれるようにしたり。ケアレスミスが過剰に多いから、それを確認してくれる人をお願いしたり。自分のことばかり話しているときに、ブレーキをかけてくれるように友人に頼んだり。用事を先送りしないようにリマインダーをかけたり。

ぜんぶ自分が悪いんだと、自分の能力が足りないせいだと思っていたから、言葉で解決できることは…もうカッコ悪いけど自分で言うね、かなり努力してきた。成功しているかはわからないけど、でも頑張ってきたつもり。

でも実を結ばずに、気を使わせたり傷つけたりしてきた人もいると思う。改めて、ごめんなさい。

 

それを自分に障害だと思わせずに育ててくれた親や、協力してくれた友人に感謝しかない。今考えればよくこんなんでちゃんと留学から帰ってこられたよなあと、お医者さまにも言われるよ笑

たぶん僕は強迫性人格でもあるから、変なところしっかりしてて、それでウッカリが起きづらいのもあるのだと思うけれど。

 

これからは改めて治療しながら、自分のできないことを減らしながら、「自分の強み」がよりくっきり出せるようになっていけたらいいなと思う。

 

だから、よかったら、見守っててください。あとなんか変化あったらすぐ教えてください。笑

そしてこれからもたくさん頼ってしまうことがあると思うけれど、どうか許してください。

 

病気や障害を言い訳にはしない。あるもんはしょうがないから、向き合って戦っていく。正当な理由にしか使わない。そうなれる、そうできるように努力する。誓うよ。僕達がコントロールできることはほんの少し、自分自身のコントロールだって難しいけど、だからこそちゃんと向き合うよ。立ち向かうよ。戦うよ。