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人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

君の名を呼ぶ

 

最近ツイッターに書いていたことを、てにをは訂正して書きのこすための記事です。うぃ。

 

 

「僕の好きな人はみんな必ず幸せになる」「僕の好きな人はみんな暴力から守られる」「そのために僕は言霊を尽くす」「僕はそのためにこの声とこの文章能力を与えられた」「そのためにまず自分を肯定する」「僕は幸福になってもいい」「幸福を受け取る権利が僕にはある」「人生は愛と感謝以外すべて幻」


僕のは魔法でも愛でもなくて呪いだけど、僕の好きな人はもれなくみんなぜったいに幸せが勝ち越す人生を歩むんだ。そのための盾を僕が作れるのならなんでもするし、そのために僕が使えるものって声と言葉しかない。
それらを最大限有効に使える状態にするためにいま必要なことが自分との対峙だと思っている。自分は幸せになっていい、自分は自分を肯定していいんだと確信を持つこと。それがいまの僕に必要。自分で自分にきちんと言い聞かせる。
ハリーのママが最後にハリーにかけた魔法みたいに、僕の言葉がいつか僕の好きな人を守ればいいと思う。だから好きな人にはその場で好きって伝えている。聞き飽きてくれていい、けど聞いてほしい。
僕が死んでも、僕が忘れられても、それでも言霊だけがその人に幸福の呪いをかけたままであればいい。


いつも、自分のことあるいは自分の何かをあの人は好きと言ってくれるって確信できる人が君にはいるよ、ここにいるよ!って、常に好きな人に対して思ってる。きみの笑顔だったり、料理ができるところ、気の利くところ、優しすぎてしまうところ、回転の早い頭や自分で考えることのできる勇気、長いまつげ、指先、どんなところでも、僕が好きな人には堂々とひとつ「きみのここが好き!」って言えるポイントがある。それから「君のことが好き」って言える人もいる。
ちなみにこの「好き」、深さに違いはあれどかなり広義なので、きっと自覚しないまま僕に呪われている人たくさんいるwww


人に恵まれて生きてるから僕は他人の幸せについて本気出して考えることができるし、それは家族と衣食住に恵まれているからでもあるわけだしなあと痛感。身の回りに立ち向かって生きる人、幸福を引き寄せる人、人生楽しんでる人、チャレンジを怠らない人、魅力的で賢い人が本当に多いのは自慢。素敵な人に囲まれていられる自分も誇らしい。僕の変化を拒否する人とは距離を置きながら、常に好きな人たちに囲まれていると宣言できるようにありたい。


世界は変わらないが自分は変えられるなんてバカげてる、世界にも変わるべき箇所がやまほどあるだろ、だからそこを変えてやるって思っていたけど、そうじゃないんだ。自分が変わったら世界も一緒に変わっていくんだなと。世界が自分の変化についてくる。
変わることと、手放すことと、離れることを、怖がってはいけない。自分が肯定していない自分を、誰が肯定してくれても頷けるはずがない。まずは自分から。僕は変化して、手放して、断捨離して、傷ついて、それを繰り返して必ず強くなる。成長する。その変化はまず誰よりも僕が受け入れる。僕にはそれができるから。
あと自分で自分の挑戦や変化をバカにしない。自分しか自分を肯定できない。自分が自分を肯定できてはじめて他の人からの肯定が力となって効いてくる。好きな人からの好意をきちんと抱きしめるために、まずは自分から。


思考のスイッチオフれなくて常に何かしらについて考えているか集中でもあり注意力散漫でもあるマンだから、いわゆる「ぼーっとする」とか「なにも考えない」みたいなことができない。それでも特に考えるべきことがふっと頭からなくなった瞬間に自己批判の強い強烈なフラッシュバック(それは最近の
ものだけではなくてそれこそ小学生くらいからのやつ)が現れて無意識に自分のことを自分でdisりまくってしまって、もうめちゃくちゃ落ち込む。
だから、なにも考えない時間をそもそもできるだけ作らないようにしたり、考えることがなくなったと気付いたらハッピーな思い出に結びつく写真を見たり音楽を聞いたりしないといけないしそうするぞって必ずするぞっていうのをここに明文化しておく。思考の隙間にネガティヴマンが入り込んできたらすかさず自分のハッピーフォルダを開いて対抗する!その癖をつける。
最近そのためにiphoneにいつでも読み返せるように好きな文章まとめたり、ウォークマンに幸せな記憶とだけ結びつく音楽だけまとめたフォルダとかを作っている。
反省と無意識にやらかすセルフdisは違う。自省はする。でも自己否定はしない。僕にはできる。


他人からの攻撃に苦しむ時間よりも好きな人に好きと伝える時間を手に入れよう。あらゆるポジティブな言霊を現世に落とすこと、好きな人を前向きに呪うこと、そのために審美眼を磨き偏見を除去し知恵を蓄えること。それが僕のするべきこと。その邪魔になるものは、徹底無視。
完全に吹っ切れて断捨離してぶっ壊して無視して、「切り捨てるべきものもある」「自分の幸不幸と運命を呼び寄せるのは思考と言動と発言」「まずは自分を肯定する」っていうのを改めて、というか頭ではなく体ごと痛感した。それができたことに感謝。
いまなら引き寄せの法則というものに対して確信が持てる。いままではそういう人もいるんだな、みたいな「異文化学習」だったけれど、いまは自分が手にしようと積み重ねてる。それは最近、不幸を引き寄せる体質の人に会ったから。多分その人に自覚はなく。いままで幸福を引き寄せる体質の人ばかり見てきたから、前向きな力を引き寄せること、言葉を花束として使うこと、I make me happyすることがいかに難しくて大切なのか、逆にわかってなかった。


教養と語彙のある人たらし、人によく懐かれるチャラ男(?)。聞かないと性別がわからない人。性別らしさなんてくだらねえの具現。
過去も未来も関係なく、今この一瞬だけに、全力の誠実を尽くすこと。僕の好きな人がかならず幸せになる、幸せ勝ち越しな人生を送ると呪い続ける。そのためにこの声と文章能力を持って僕は生まれたんだと確信する。
自分を肯定すること、自分は幸せになってもいいと信じること。
大丈夫。僕が信じれば叶う。


とりあえず男装のために痩せよう、あと家事をしよう。服をたたむぞ。えらい。