人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

創作SS/ポラリス

 

オープンスペースに創作文章を載せることに慣れようキャンペーン第2弾。これも以前ひとに書かせてもらったもの。

 

 

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【天使は角にいる】

 

 

この丘には雨が降らない。
恵みの雨、慈しみの雨、嘆きの雨、涙を隠すための雨さえも降らない。
この丘にある緑も、雨が降らなくなってからはずっと哀しげな色しか宿さない。花もあるときから退屈な色ばかりになった。こんなはずじゃなかったのになあ、と空を見上げる。でも、いつから雨が降らなくなったのか、それさえよく覚えていない。いつもそうだ。私は肝心なことをいつも忘れてしまう。
「どうして降らないのかしら」
降ってくれなきゃ涙も流せない。涙を見られるわけにはいかないのだから。
「どう思う?」
問うと、彼も隣で思案するような表情をする。でもきっと何も考えてはいない。
白いシャツに白いスカートを履いて、白いタイツに白い靴を履いた私と、黒いシャツに黒いズボンで黒い靴を履いた彼。
「…さあ、わからないな」
ほらやっぱり、なにも考えてない。
どうして肝心なことばかり忘れてしまうのかな。どこかにきっかけがあったはずなのに。降らなくなる理由を示す何かがあったはずなのに。知らないことばかり、わからないことばかりだ。
「雨が降ってほしい?」
彼が問う。
「そりゃ、降ってほしいわ」
私は答える。
「泣きたいから?」
彼は問う。
「それもある」
私は答える。
それもある、でもそれだけじゃない。雨に紛れて涙を流したら、その雨の中で涙をいけにえに祈らなくてはならないことがある。雨がなくても生きていけるように、泣かない自分を手に入れられるように。
「ねえ、僕は思うんだけど」
彼はまた言う。
「それは、この場所じゃなくちゃダメなの?」
「どういう意味?」
「雨が必要ならば、雨の降る場所へ行けば良いのさ。ここでなくちゃいけない理由が、もしもないのなら」
彼の言ったことを理解するために、ほんのすこしの時間を要した。
「君は強い、君の影がそう言うんだ、間違いない。どうして理由ばかり探しているんだい?その目的に理由は必要なの」
追い打ちをかけるように彼は言う。私はすこし考えて、それから言う。
「あるのかしら、雨が降る場所は、どこかに」
「あるはずさ。世界は広いんだから」
彼は私にそう言うと、それからひとりでつぶやいた。君ならきっと、世界を美しいと思えるはずだ、と。だって君は光なのだから。光は閉ざされていてはいけない。光は輝かなくてはならない。光は導かなくてはならない。確かに君は太陽じゃない。でも君は月でもない。君は自らの力でなにかを照らすことのできる存在だ。位置を、道を、示せる光。
それから沈黙がやってくる。沈黙は苦ではない。無音に沈み込んで、目を閉じて思考に溺れていく。太陽でも月でもない、けれど自ら光りを放つ。それはなんだろう?なにかを導くことのできる光は、なんだろう。
「……あっ」
思わずこぼれた自分の声によって、穏やかな沈黙は破られた。私のその顔に満足したのか、彼は言う。
「コーヒーを淹れてくる」
「私のも」
彼は笑って答える。
「門出を祝うように、砂糖を増やしておくよ」
「どうしてわかったの」
「君は僕の影だから。…さよならだね」
家を出て最初の曲がり角まで見守っているよと彼は言う。その先に北極星が見えたら、きっと天使が待っているから。

 

 


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瞳の奥に星空がある人へ、まえに捧げさせてもらったもの。笑う門には福来たるだし、動いたら意外な景色だって見られる。気付いたら信じればいい、と、いまの僕に思わせてくれたその人は本当に星のような人。いまならまたちがうものを書くと思うけれど、でもこのころから変わらない。