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人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

花は散っても青春は散らないんですよ

 

良質なエンターテインメントというのは素晴らしいものです。今日「紳士のための愛と殺人の手引き」という舞台を見てきて、それはそれはよくできたコメディミュージカルで、頭空っぽになるまで笑って楽しめた。ウェンツ瑛士さんのミュージカルは一度見てからはできるだけ観るようにしているのだけれど、本当に観るたびに良くなっていくし、市村正親さんは芝居に愛されたバケモノだなと改めて。

 

最近、まぁおおむね春のせいなんだけど凹んでいて、あんまり元気じゃないことが多かった。気圧だか気温だかなんだか知らないけど冬と春って憂鬱になりがちでしょう。すくなくとも僕はそうで、桜を見たら死にたい死にたいとずっと思ってしまう。なんで桜ってあんなに死に近い花なんだろう。あと春は死と性の季節だと思っているから、春になると自分の性欲と希死念慮をもてあましてしまう。希死念慮なんか通年もてあましているというのに。今年は3月が自分にとってひとつの区切りだったからなおさらなのかもしれない。

でもまぁ今日ケラケラ笑ってきたからまぁいいかなって。

 

先日ひとつのものごとに挑戦して(と、書くとそれっぽいけど、副業のバイトの面接を受けて受かっただけ)、その後見事に玉砕(出勤しようとしたらうつ病起因の発作を起こしてどうにもダメでクビになった)して、あーーって、さすがにちょっとまた自責モードになってしまって。自分を過剰に責めてもなにも生まないことはわかっているのだけれどね。

でも失敗によってできた傷を治すにはまた挑戦するしかないんだよなあと。

僕はどうしても自分の行動なのに人のためを気取ってしまうし、それゆえに言い訳を作ってしまいがちだし、なによりとても面倒くさがりで逃げる口実を見つけるのがとてもうまい。そういう自分の特性みたいなものはわかったうえで、でもやっぱり繰り返して繰り返して慣れて、何度もトライアンドエラーを繰り返しながら自分と向き合っていくしかないんだろうなあと思います。繰り返すけれど、失敗でできた傷を癒すには次の挑戦しかない。それもできるだけクールでクレバーな挑戦。

うつ病ですね、ってはじめて診断されたときのことは未だに覚えている。そのときはこんなに長く付き合う羽目になると思わなかったから、正直戸惑ったりもするけれど。ヒステリーになっても自分を責めてもほとんど意味はないから、冷静で(できるだけ)客観的な反省と分析、それに基づく次の行動。いまはそれを繰り返すことこそが、自分にできた傷を癒すこととイコールなのかなと思ったりしたりらじばんだり。

 

とにかく過剰に自分を責めてもしょうがねえ。そもそもの初期型スペックが決して優秀じゃないからなかなか新しいOSの「自責しない」っていうのが体に浸透しないのだけれど、とにかくすべきは自責ではなく反省だ。

ことばは前向きに置き換えて。口角上げて。明るく楽しく元気よく!清く正しくはちょっと無理だけど!笑

自分の審美眼が認める自分になることを志し、心がけ、そして行動に移していきましょう。なりたい自分は遠いけど、まるでなりたい自分そのものであるかのように振る舞うことで、そのうち境目がなくなってくると思っているから。何度でもいうけどことばは前向きに置き換えて。言霊を込めて。一瞬の誠実を常に尽くして。口角上げて視線も上げて。クールでクレバーに。good luck to me and you!