人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ダイアリー 19/02/11 僕が冬の池袋で好きな人に会って話すとこんなことを書くぜ パート2

早く人間になりたい、と、よく言っていたし今でもふざけて言う。早く人間になりたい。
それは、僕の身の回りには「人間になった」とか、「超えて天使のような存在になった」人がいるからなのだな、と思う。
自分の思春期に後悔はない。
1つのバンドを追いかけて日本中を周り、好きなものを通じた友達がたくさんできて、大学の部活も楽しかった(闇も深かったけど)。それなりに恋愛もしたし、海外にも行った。
だからこそ、自分の得意不得意であるとか、学力やコミュ力、人脈みたいなものを精査して、自己分析できたんだと思う。いうなれば「自分の中で完結する問い」と、「社会に向けて問いかけ続けること」「人とのつながりを大事にすること」みたいなことだ。

本当に後悔はないけれど、いま20代後半になって、容姿も所作も洗練されて美しい人に会うと、あっ、僕とは違う青春を過ごした人なのだな、とぼんやり思う。
育ちの良さ、品の良さ、立ち振る舞い、鏡に向き合って自分を分析したからこそ生まれる美しさ。そういう「対外的に評価される美しさ」を、僕はまだ獲得していない。賢さで評価されることこそあれど、美しさではない。

そういう意味で、早く人間になりたいなあ、と思う。だってどんなにかわいい服を着ていても、着てるのが僕じゃかわいそうなんだもん。
最近、意図的に鏡をたくさん見るようにしている。そうすると、あ、あ、って、自分の容姿で、まだアップグレードできるところ、本当に山ほどあるなあ、と思う。
きれいになったら、人生変わるから。
なら僕はこの人生を変えたい、と思う。
特別に好きな人からもらったシルバーのシャドウがかっこよくて、これで仕事に行ったら強いかもなあ、と思った。

早く人間になりたい、なんて話はたくさんある。本当はもう死んでるつもりだったけど、紆余曲折あって、死なない方向になったので。生きよう、と強く思えもしないし、死にたいと口に出さなくなっただけだけれど。だから、まだ生きるとして、人間にならないと。人間として、同時に社会人として、そして僕の理想として、その3つの軸を常に回転させていたい。
学生のときは本当に不思議だった。なんで大人はみんなニュースに興味がなくて、悪口と天気の話しかしないんだろうって。
でも、(なりたくなかった)大人になってわかった。フルタイムで働いて社会人してたら、それだけで毎日疲れる。そこからさらに、自分の価値観をアップデートしたり、ニュースを取り込んで考えて…って、ほんとうに疲れる。それが仕事でもない限り。
疲れるけど、疲れるを理由に諦めたくない、と、最近ひしひし思う。価値観を常にアップデートして、必要なら価値観を増やして、ニュースを取り込んで考えて、自分の頭で考えて発信することを、諦めたくない。

ざっくり言うと僕はいま実家で、めちゃくちゃ甘やかされて生きているから、今年はとにかく「人間になる」と同時に「社会人になる」を両立させる一年にしようと思う。

人間になる……たとえば、朝起きて、顔を洗って食事して、夜はお風呂に入って体をほぐして、夜のうちに寝る、とか。
ちゃんとご飯を食べるとか。
家事を人任せにしないで、できるところだけでも参加するとか、ほんとにそういう「当たり前」だけど難しいところに、今年は力を尽くしたい。いま、できてないもん。ぶっ倒れて気づいたら昼だもん。

同時に、社会人にもいい加減、いい加減ならないとなあ、と思っていて。
毎日眉毛くらいメイクして、5分前には出勤して、締め切りちゃんと守って。
電車の中で過呼吸になったりパニックになったり、そういう「生きづらさ」をすこしずつリムーブして、毎朝一定の時間に出勤する。
体調とかメンタルとかを言い訳に逃げてたことと、ついに今年は向き合おうと思うのです。

今年は、容姿、人間、社会人、あと貯金、っていう、「対外的に評価される美しさ」のために足掻く歳になりそうです。
というのを、先日ティンカーベルと池袋で話して思い、今日あったきれいな人を見て思いました。

来年か再来年に実現したらいいなあ、と漠然と描いている夢を、どうにか手にするための準備期間でもある。
そんな一年になりそうです。
僕にアップグレードできる箇所があったら、教えてください。同時に、アドバイスしてやんよって人がいたら、お願いします。

 

追記。

日付が変わると27歳になる。まるで落ち着きがない。27?実感もない。でもまぁいいのだ。見た目年齢で生きていくしサルエルを履く。

最近思うのは、理想になったつもりで振る舞うって、難しいってことだ。それは僕に余裕が…精神的にも体力的にもないから。機嫌が悪くて下向いてたって人も運も寄ってこない。すくなくとも人からは、機嫌が良く見えていたい。ひとつひとつを逃げずに見つめたい。地に足をつける、というか、生きづらさを少しずつ軽減していく。結構大変だし、心ならぼきぼき折れてる。でも、諦めたくない。3月から4月は仕事が絶望の繁忙期なんですけど、自分の機嫌を自分で取れるように心掛けたいな、と思います。

いま僕が書いているようなこと、本当なら高校生や大学生でぶつかるようなアイデンティティの模索なのだろうけれど、いいの。いまさらだけど、いい年してって笑われてもいいの。やらないより、いいでしょう。