人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ダイアリー 〜20/01/04〜 ノスタルジーの鬼ころし添え

1月4日の朝、起きたら猛烈に腹が痛くて、あーこれ排卵痛だな、たぶん明日くらいまで痛いな、と思ったら案の定今日の夕方くらいまで身体ボロボロだった。

1月4日は新年会だった。みんなポルノファンである。端的に言うとアホの集まりだ。
大遅刻したくせに買い物もできずに中抜けして、ぬけぬけ戻って夜まで遊んだ。なんかもう、受け入れてくれてありがとうという気持ちだ。

僕はこのアホの集まりがすごく好きだ。
よく、大人になると友達が減る、遊びの種類が減る、と言う。それはその通りだと思う。毎日友人に会うわけではないし、連絡が苦手なうえドタキャン芸人である僕の友人は減るばかりだ。しかもだいたい「遊ぶ」=「ご飯に行く、飲みに行く」である。
そうじゃなくて本気で遊びたいなあ、というぼんやりした欲求を、2019年秋頃からボードゲームという手段で満たしてきた。これはいい。完全に「遊び」だ。

その流れで、1月4日も楽しかった。お腹めっちゃ痛かったけど、お酒飲んだらどうにかなる。そのかわりすごく悪酔いした。
僕は悪酔いすると人にとにかく(物理的に)くっつき、甘えまくる。最悪な飲み方をすると、男の子にハグとキスをしてまわるセクハラ魔人になるので、最悪な飲み方はしたくないなと思っている。昨日は最悪には至らず、いつもの犠牲者(ありがとう大好きだよ)が一手に僕のハグを受けてくれた。よかった。

先日、友人の家で、積まれた味噌煮込みうどんを美味しくいただきながら、友人が言っていたことを思い出していた。スーパーで、あるいは台所で。分量を見たかと思うと、「まぁ、いっぱい入ってると嬉しいからね」と言って多いほうを選んだ。「肉なんかみんな好きだもんね、いっぱいあったら嬉しいよね」とどさどさ投入された。
すげえ美味かった。うどんなのにそばみたいな音立てて食った。いっぱいあると嬉しいなあ、と思った。

その友人がこの新年会でも、鍋を作りながら、いっぱいあると嬉しいよね、と言っていて、いいなあ、と思った。この「いいなあ」を表すための的確な言葉が浮かばないのだけれど。おおらかで、度量がある。鍋にぎゅうぎゅうの葉っぱを見ると、なんだか楽しいのがぎゅうぎゅうに煮込まれているみたいだった。小難しいことを考えないといけないタイミングだってもちろんあるし、必要だけれど、でも、ふとしたときに、「まぁいっぱいあったら嬉しいもんね」と、「嬉しい」ほうを選べるのは、僕がその友人を好きな理由でもある。誰も傷つかない「嬉しい」は、なんだかとってもよい。

ケーキがあったのも、嬉しかった。ケーキというのは要するに(僕にとっては)幸福の具現化である。幸福を食うのだから幸福に決まっている。キウイだけ喉痒くなるから食べられなくて残念だったけど、でも新年のケーキは嬉しい。嬉しいのはよいことだ。

酒があったのも嬉しかった。悪酔いしてごめん。でも飲めって言われたらまだ飲めたなあ、などと思う。鬼ころしをストローで吸わずに割って飲むなんてオシャレだ。

みんなでお好み焼きを作ったのも楽しかった。いや、僕は何もしていない。ただ食べただけだ。僕は美味しく食べる係を全うした。本当に美味しかった。
みんなでガチャガチャ料理をするの、基本的には苦手だ。あの、職場のバーベキューとかそういうやつ。何をしたらいいのかわからないから、無限にゴミ拾ったり洗い物したりしている。それもできないともうお手上げだ。役立たずとして立ち尽くすしかない。料理ができないし、なんなら取り分けたりとかもできないから、そこにいることに猛烈に負い目を感じる。
でも、みんなでガチャガチャ料理をするなかで、食べるとか洗うとか、それだけしても責められないのはすごくよかった。いや、みんなの内心はさておき(不快に思ってる人いたらごめんね)。食べるとか洗うとかしかできない場合、できることをやればよいんだという空間は、限りなく受容だ。
「何もしないで」と言われて、何もしないでいたら怒られたり、気を利かせろと言われて気を利かせたつもりが失敗したり。僕の人生に多いそういうことがない空間はとっても、精神衛生上、よいのだ。

そんな鍋やらケーキやらを嬉しく食べながら、楽しくボードゲームをした。初プレイのはずの友人がボコボコに強かったり、意外なやつがポンコツだったり、リアクションがでかすぎて邪魔だったり(僕です)、無心になって遊ぶというのは、心にとてもいいなあと思った。僕はすっかりボードゲームが好きなので、今後みんなと積極的にやりたい。犯人は踊るだけは持ち歩いてるんだけど。
この歳になると、なんて言葉使いたくないけど、まぁ、この歳になると、公園でおにごっこをするには、本来そこで遊ぶ子供達の邪魔になってしまうし、遊ぶって難しい。だからボードゲームをみんなでやるようなことがたまにあると、わくわくする。つぎもプロポーズをやるなら、勝ちたい。

よいなあ、という気持ちとともに美味しいものを食べ、空間に受容され、楽しくゲームをした。僕が何か粗相をしていたかもしれないし、遅刻中抜けというありえないかんじではあったし、途中ハンサムDVD見ててなにもしなかったし(襲来されてた)、ほんとうは不快に思っていた人がいたらごめんなさいなんだけど。
またああいう日があればいいな、と思う。よければ次も、仲間に入れてください。いつもなにもかもごめんね。ありがとう。