人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ダイアリー19/01/13 〜5億円ほしい

目指していたところから、随分遠いところに来てしまった。

昨日は24時間寝ていた。たぶん疲れたんだと思う。
今朝ようやく起き出して、消えた土曜を確認して、日曜の朝を始めたとき、母が録画したテレビドラマを見ていた。濱田岳さんが主演の「ベトナムの光 〜僕が無償医療を始めた理由」というドラマだった。
とても良いドラマだった。眼科医の少ないベトナムで、自分の身を削っても多くの人に医療を受けさせようとする立派な医者のドラマだった。

昨日、気が狂ったように5枚のブルーレイを予約したばかりだった僕は、そのうち1枚の金額でどれだけのものがベトナムにもたらされたのだろうか、とふと思った。
(もちろん予約を取り消す気はないし、5枚のブルーレイは宝物にするつもりだ)

中学生のとき、壊滅的に数学ができなかった。国語や英語の偏差値は70を超えていたのに、数学は40以下だった。
ふつうの高校無理だろうなあ、とぼんやり思っていたとき、図書館で借りた本やビデオ(当時はまだビデオだった)で、いわゆる世界の貧困や世界情勢というものに興味を持つようになった。
ユニセフ子供白書を初めて取り寄せたのもこのころだったと思う。

ユニセフで働いて世界の子供を助けたい。あと数学やりたくない。そんな動機で、高校は外国語科を受けて進学した。
大学でも国際政治を勉強した。

ユニセフで働く、から、日本にもいる貧困層や、日本にもいるいろいろな境遇の人を助けたいと思って、そのためには広く人に知ってもらいたいと思って、新聞記者になりたかった。
自分自身がマイノリティの側面を持っていたことも大きいと思う。自分がオープンにすることで、取り除ける偏見があると知ったから。

就活は留学前後の二回したけれど、新聞記者はてんでダメだった。ならば、と、別の手段を叶えるべく就職した会社でうつ病になってぶっ倒れた。

2018年を死にぞこなったのは、間違いなくドリフェス!のおかげだと思う。それくらい楽しかった。
でも、貯金も底を尽きた。冗談抜きで。
たぶん奨学金返せたと思う。四年分。
後悔はひとつもない。ただ、ドリフェス!が楽しくて、愛しくて、それだけだった。

2019年、もう動かないドリフェスをぼんやりと眺めながら、空っぽになった預金通帳を眺めながら、どうやって死のうかと考えている。死ぬにも金はかかるのだ。

ユニセフで働きたかった頃の僕が見たら、きっと失望するのだろう。ドラマで濱田岳さんが演じていたような、身を粉にして誰かのために尽くして生きる、それすら自分のエゴであるとわかった上でそう生きる大人になりたかった頃の僕が、今の僕を見たら。

好きなものを愛したい。
好きな人を幸せにしたい。
早く死にたい。
世界のためにできることがしたい。
何をするにもお金はかかる。

さっさと奨学金返して、そのぶんのお金で毎月どこかに寄付をしたいなあ、なんて思いながら、全額変換のめどはまだ立ってない。

したいこと。やりたいこと。あまりにも多すぎる。あまりにも多すぎて、お金も体力もついていかない。
なにかひとつ、やりたいことを諦めればいいのかもしれない。でも、僕は諦めが悪いのだ。ほとんど絶望的に。
諦めるくらいなら、全部やめたい。
自分で手にするんじゃなくて、好きなものの中に溺れていきたい。理想と、好きなものと、あのころ夢みた自分の姿すべてに。優先順位をつけたくない。ぜんぶ、やりたい。

まずは空の口座をなんとかするところからはじめないといけない。ドリフェス!の支払い、まだあるしね。
それから、奨学金をなんとか返したら、新聞記者にはなれなかった自分の悪あがきとして、誰かのためにお金を使いたい。ユニセフで働きたかった自分が成仏するように。

……推しに花を出すのは、日本経済回してるので、いいんですよ。
何もかも諦めたくない。
5億円くらいほしいなあ。

ユニセフ国境なき医師団、フレンズウィズアウトボーダーに毎月寄付しながら、半同棲の一人暮らししながら、オタクとしてありったけの金を使いながら、生きていけたらいいのになあ。いつ死んでもいいように、宵越しの金は持たずに。


なんて、アラサーがいまだに金銭感覚を高校生からアップデートできてない話でした。死にたいな。