人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ダイアリー 〜19/08/05 「あなたの」サウダージ、「僕の」∠RECEIVER

8/3、喫茶ポルノに我が魂の双子であるよるかわくんと共に突撃し、はなむけビールをアホみたいに飲んだあと、別のカフェで終電ギリギリまでいろんな話をした。
いや、ほんと、いろんな話をして、その夜もツイッターで暴れ倒して笑、下記のような文章を書いた。


***

はじめてラインを聞いた中学生のとき、初恋がまだだった僕は「素敵なフィクション、ラブストーリーだなあ」と思った。高校生になって初恋に遭遇したら、ラインは「僕の曲」になった。
友人の結婚式を重ねるたび、学生のときにはわからなかった「はなむけ」の歌詞が身に染みるようになった。いつか会えたら愛してると言ってやる、と腹をくくれた。初めて聞いたとき、そんな日が来るなんて思わなかった。
もし、東日本大震災がなかったら、僕は∠RECEIVERを理解できないままだっただろう。けれど、いま、あの曲は僕そのものになった。

余白の美である「AGAIN」に、自分の感情を込めすぎて、僕のAGAINはきっと他の人のAGAINと違う曲だと思う。この曲は他の人の誰とも違う、僕の解釈で僕の曲だ、と思える歌詞がたくさんある。

VSみたいに「もっといろんな経験をして、いつか、この歌詞をより理解できる日がくるといいな」と思える曲もある。
まさしく「ひとひら」だ。あれは飽きもせず聞き返したメロデイ、わかっていなかった歌の意味、それがいまならすこしわかる気がする。そういう「自分におきた小さな奇跡」を、ポルノグラフィティの楽曲は祝福してくれる。

「最初聞いたときはただのフィクションだった曲が、気づいたら自分の曲になる」から、人生のそばで、人生を彩ってくれるから。
「余白に感情を込めて、自分だけのお守りにすることを許してくれる」から、ポルノグラフィティが好き。

僕は今夜も、「僕の曲」を抱きしめて眠りにつける。幸せだと思う。

***


ほんとうに、幸せだと思う。

今日、僕はこれを、機内モードにしたスマホで、飛行機の中で打っている。
僕は飛行機で、いわゆる「非常時にはお手伝いいただくお席」に(なぜか)しょっちゅう当たるのだが、今日もその席だ。

キャビンクルーが脱出脱出脱出と指示をだしたら、外の様子を確認して、火事や煙のような異常がなければ、非常口をあけてください。まぁそんなもんだけれど、以前旅行会社に勤めていたときは、この席はあまり人気がなかった。もうそこしか座席が取れないときは、必ず事前に伝えていた。だからたぶん、あんまり人気のある席じゃないんだと思う。そりゃそうか。いやだよな非常口あけるなんて。

今日もその席に座って、ふと、夜川くんとした話を思い出した。上に書いたような、「自分の人生の経験値に伴って、持つ意味の変わる曲」。
僕がいわゆる「非常口のお席」を断らなくなったのは、わかりやすく、3.11、それを経た半年後、以降のことだ。

うちの父は、ちょっと異様に「戸締り用心火の用心」にうるさい。たぶんあんまり人を信じてないから、防御をがっちり固めてるんだと思う。地震をはじめとした災害対策にもうるさい。たとえ5分後にまた火をつけるとしても、一旦離れるなら、火だけではなくガスの元栓を閉めろと言われて育ってきた。東日本大震災の前から、うちにある家具にはすべて突っ張り棒や滑り止めシートが設置されていたし、それで足りないときは鎖で家具と部屋を繋いだりしていた。親父の部屋、リビング、玄関にはそれぞれ非常用の持ち出し袋がある。玄関には、非常時に数日間過ごせるだけの食料や簡易トイレや、なんかもろもろが置いてある。
3.11の前は、いくら用心するに越したことないとはいえ、用心しすぎじゃないか、と思っていた。
でも、その用心のおかげで、震度5強をくらった我が家はほぼ無傷だった。僕の部屋の本棚から数冊落ちた程度だった。
お隣のおうちは、ワインセラーがひっくり返って、赤ワインと破片が流れていた。斜め前のおうちは、カラーボックスが倒れたと言っていた。
父はその日、職場で全員に帰宅指示を出し、帰宅が難しいなら職場の非常用備えを使えと言い残して、当時高校生の弟を迎えに行き、帰りにコンビニで「初日から乾パンじゃ味気ないからな」と冷たいまま食べられるレトルト食材を買って帰ってきた。
家にいた僕と母だけでは見回りきれなかった家の外のもろもろをすべて点検して、問題がないと確認してくれた。僕は動揺しているし、弟は明らかに顔色が悪いのに口数ばかり増えていて、母はそんな僕らのケアに必死だ。そんななか、父の冷静さと的確な行動には、一種のこわさすら感じるほどだった。
その夜、つめたいカレーを食べながら、「ニュースみるのも大事だけど、いまは気が滅入るから」とテレビを消した父と、無傷で帰ってきた弟を何度も抱きしめる母を、僕はたぶん忘れないと思う。

僕は父のように冷静ではないし、用心深くもない。むしろいろいろガバガバだ。ついでに身長もないので(父は180センチある)、緊急時の高所確認とかでまるで役に立たない。
そして母のように愛情深くもない。池田小事件のあった日、帰宅した当時小学生の僕を玄関先で抱きしめたまま「帰ってきてくれてありがとう」と泣いたり、3.11に弟に同じことをした、母のような深い愛情はない。
弟のように、虫退治が得意でもないし、何かあるたびにものを軽く持ち上げる腕力もない。鼻歌を歌いながらLEDを変えることもできない(弟も背が高い)。

3.11がひとつの転機になった人は、きっと多いと思う。
僕はあの日、ショックだった。自分がなにもできないことに狼狽さえした。
避難訓練とかちゃんとしてたし、いざ地震が起きたらなにをするべきか、頭ではわかっていたはずだった。でも、あの日の僕は揺れる床にうずくまることしかできなかったし、その後もただ混乱していただけだった。いま覚えば、あのころはまだうつ病を発症していなかったことだけが救いだ。

父のように冷静だったり、母のように愛情深かったり、職場で安全関係を担っている同僚のように人格者だったりしたら、きっとまた違うのだと思うけれど、僕はどれでもない。
災害時の僕は、どちらかといえば役立たずだ。

でも、役立たずだから、と諦めて終わりにするのは、僕にとって∠RECEIVERへの冒涜に近い。どうせなにもできないから、と投げ出すのは、少なくとも僕の∠RECEIVERではない。
3.11のあと半年、僕は「自分のことを自分でできないなら行くべきではない」という考えのもと、東北へ行かなかった。
9.10、つま恋。ロマンスポルノで、∠RECEIVERに出会いなおし、僕の曲になってくれてから、やっと東北へ足を運んだ。だから、僕にとって人生の転機は、3.11というより、つま恋ロマポルである。

そんなわけで、あれ以来、非常用ドアのある席に座ったら本気でいつでも対応できるように安全のしおりを読み込むし、2011年にはまだ持っていなかった防災の知識もたくわえた、つもりだ。

人間的に、役に立たないから。人のために、安全のために、平和のために、考えるより先に体が動くほど、できた人ではないから。
せめて、いざというときに開ける脳内の引き出しを、よりよく保っておきたい。大量の知識を整理整頓してきちんと収納し、いつでも開けやすいように定期メンテナンスする。わかっている、ではなく、使える、ように。

というか、僕にはそれしかないのだ。運動神経もなければ身長もなく、とっさに人を守れる勇敢さもなければ、慈愛をもって人に接することもできない。なら、せめて、使えそうな知識を頭に突っ込んでおいて、使うときにはスムーズに取り出し、自分で実行できないなら、実行できる人に指示を出す。……出せるかなあ。ちょっと不安だけど。でも、それをすることが、そのためのアップデートに、毎日は無理でも、たまに取り組むことが、僕をより∠RECEIVERにしてくれる。非常用ドアのある席に座ると、いいチャンスだなと思うから、これを打ち終わったらまた安全のしおりを読み込もうと思う。

もしポルノに何か伝えたいことが伝わるとしたら、「"僕の∠RECEIVER"をつくってくれてありがとう」と言いたい。

あ!これ書いてて思った。無事着陸したら、人命救助(?)の講習受けられるところ探そう。前回受けてからしばらく経っちゃった。AEDとエピペンは躊躇うな!だ。

自死の予定が暫定延期された以上、自分がもっと∠RECEIVERになるために生きないとな。
最近の僕はちょっと、∠RECEIVERじゃないから。とりあえず、貯金して、親孝行しよう。
……この夏はもう予定だらけだけど、機を見て。奨学金もちゃんと返してさ。金遣いも……落ち着きたい……な……笑

 

 

「正木郁という物語」に寄せるファンのひとりごと

正木郁という物語、に夢をみるオタクのひとりごと。

※以下全部、個人の戯言です。
※舞台 大悲に言及しています。ネタバレはないけど気をつけてね。


***

「応援してください、と頼むことはしません。ただ、僕を見ていてください。ハートは僕がつかみます!」

ハンサムフェスティバルという大きなイベントで、デビュー1年目の彼が放った「壮大な夢物語」が、現実になるのを体感している。まだ、彼がデビューしてから、3年と少しだ、と思う。正直、信じられない。

僕は、彼が芸能界デビューしたドリフェス!のファンだけれども、郁くんas千弦くんが所属するDearDreamではなく、ライバルユニットKUROFUNEのほうが好きだった。だから、郁くんを熱心に追いかけて、全通して……というわけではない。
でも、目を離せない魅力がある。だから、ちまちまではあるけれど、彼の舞台や活躍を見に行くことにしている。

郁くんの初舞台だった「片想い」を見たとき、僕はこう書いている。

「ああ、この子を応援したい、この子が役者として大成するのを見届けたい、この子がもっともっと役者として素晴らしくなっていく瞬間の目撃者になりたい。そんなふうに思わせてくれる、素晴らしい役者さんでした。」
http://bookmarker35.hatenablog.com/entry/2017/08/06/215400

そして、今日も僕は、正木郁くんが役者として素晴らしくなっていく瞬間の目撃者になりたい、とひしひし思ったのです。

あれからいろんな舞台で彼を見たけれど、見るたびに「ここが良くなってた!」「前回よりも魅力的だった!」と、心を躍らせることができた。初主演だった男子はつらくないよ?のときも、推しの戸谷さんを見ながら、郁くんもほんとうに素敵だ、とワクワクした。

今日、出演している大悲という舞台を見てきた。実際の無差別殺傷事件を題材にした、すごくシビアな舞台だった。弁護士、被害者、加害者、死刑、命、正義。そのほか、あらゆるものについて、思考を巡らさざるを得なかった。
ファンタジーでもなく、歴史モノでもなく、ポップでもコメディでもない。現代社会のシビアさ、に淡々と向き合う舞台だ。ド派手なミュージカル、ハッピーな拍手喝采が好きな人には、あまり向いていないかもしれない。

ここでは、ネタバレになってしまうしその舞台の本筋にはあまり触れないけれど、またそこに初めて見る「役者・正木郁」がいた。
そんな演技もできるのね、そんな声も出せるのね。そんな涙も汗も、流すことができるのね。
脚本がまずすごく面白く、しかも名だたる実力者たち。西村雅彦さんはやはり「格が違った」し、玉城裕規さんも圧倒的だった。壮一帆さんも、名優なのだと一目でわかった。
そんななかで、郁くんも、すごく魅力的だった。演技も、重かった。腹の底に響くような音と、唸る声。声にならない悲しみと後悔。
がっちりとした体つき、筋肉、精悍で凛とした青年。目で演じる彼の視線ひとつ、握られて震えた拳ひとつで、ここまで心を揺さぶられることができるのか。

きっと、初舞台だった「片想い」のとき…2年前の郁くんが、今回の役をやっても、ここまで心は震えなかっただろう。
正木郁は、ずっとずっと進化している。見るたびに新しくワクワクさせてくれる。そこにある努力の痕跡をなぞらせてくれる。役者として、「今が最高」を、更新し続けてくれている。
だから、今回の大悲での演技に、説得力があった。ありすぎて、背筋が凍るほどに。

また、僕は先のブログで、彼を「憑依型の役者」だと評したけれど、いまは違うと考えるようになった。カメレオンでもない。ただ、「努力型」なのだ。感情がとても豊かだから、自分の演じる役に一生懸命こころを入れ込んで、感情移入する。きっと一公演ごとに。役と、感情を「わかちあおう」とする。

これはいちオタクの見解にすぎないけれど、郁くんは、決して「器用」ではない、と思う。芸能生活と両立していた大学生活では、友だちは2人しかできなかったなんて言っていたから、根っから明るいハッピーな人でも、ない、ような気がする。
不器用で、感情豊かで、実直で。
芸能人として、俳優として、才能に満ちているか?と言われたら、そういう人はもっと他にいるかもしれない。でも、彼は「芸能界」という場所で咲き続け、正木郁という役者を続けて「夢」を見させてくれる、天性と魅力に溢れている。

正木郁は、物語なのだと思う。

「見ていてくれたらハートは掴む」
冒頭にもあげた、ハンサムフェスティバルでの彼のセリフだ。並大抵の器じゃ、あるいは覚悟じゃ、そんなこと言えないだろう。
結果、ただ「見ている」僕は、いま「正木郁」という役者の物語の次のページが楽しみでたまらない。デビューという第1章にはじまり、初舞台、初ライブ、初主演…いろんなことを重ねていく郁くんの1ページ、1ページが、ほんとうに面白い。
ハートを掴む、という、夢のことば。ファンサービスの言葉を、彼は実現している。僕はそれを体感している。

全通して認知されているような、そんな熱心なファンではない。こんな僕ですら、彼の物語の次のページに、必死に手を伸ばすし、見逃したくない、と思う。
冒頭だけでこんなに面白い物語なら、かりにすこし中だるみしたとしても、さいごには傑作たり得るだろうという、確信すらある。

役者「正木郁」という物語の、目撃者で、これからもいたい。
たとえば彼が30歳になったとき、そこにどれだけ素晴らしい物語があるのか、いまから楽しみでたまらない。


かおるくん、デビューしてくれて、ありがとう。あのとき、千弦と手を取ってくれて、ありがとう。今日のかおるくんの演技を見たら、チヅはきっと目をまんまるにして、負けていられない!と、ワクワクするんじゃないかな。僕は今日、あんなに苦しくて重い舞台でも、あなたという物語に、すこし気持ちをスッとさせてもらえました。
かおるくんの満ち足りたいまと、輝く未来と、極上のランディングを祈ります。
微々たるものだけれど、僕のエールも、どうか届きますように。

 

 

ダイアリー 〜19/06/25 胃が痛い

自分でもどうしたらいいのかわからないときってあるじゃないですか。
同級生が誕生日を迎えてそれを祝うたびに、年齢をまじまじと眺めるわけだけれど、自分にアラサーという感覚がなさすぎる。もともと性別とか年齢とか苦手な概念だけど、それにしたってひどいな、って思って、考えていて。自分の年齢感覚、大卒のうつ病のところで止まってるんだなあ、って思い至った。
もしかしたらまったく関係ない被害妄想なのかもしれないけど。社会人、から、社会不適合、になったところで、止まった時計まだ動いてないし、なにより、こういうことを考えたときに真っ先に思い浮かぶくらい、自分にとってコンプレックスなんだなっていう驚き。驚き…ではないけど、自覚というか。自分が大卒の一発目でくじけたこと、コンプレックスなんだなって気づいた……気づいたって変だけど。もっと上手くやれてたかもしれない、自分が悪かったから、って、いまでも思うことあるくらいだし。
だけど現実は現実で歯車回ってるから、どうにかしないとね。
そのシリーズでいくと、うつ病になってから、毎日これでもかってくらいの服薬があるわけですよ。最近めちゃくちゃ減ったとはいえ、でもまあ、可愛い量じゃない。
それにアラサーになったことも加わって、内臓が疲れやすくなった。……気がする。
というかもともとがすごく健康優良児で、違和感あったらすぐ休む!翌日元気!だったので、慢性疲労とか慢性体調不良と呼ばれる状態にいまだに慣れない。
とくにちょっと薬増えると胃が痛い。胃薬も併用してるんだけどね。お医者さんと相談しながらちゃんと飲んでるけど、でもやっぱり体はギシギシなんだろうなあと。
睡眠量は増えたのに、寝つきはますます悪くなった。結局まだ眠いけど起きて出勤するから、パフォーマンスが悪いとか。

これはここ1ヶ月の話だけど、わけわかんない行動も増えた。だいたいイライラしたりトゲトゲしたり、自傷したりするときって生理周期とか明確なストレス原因があるものだけど、ない。強いていうなら梅雨ってくらいで。会議中、ただでさえ抑うつなところに同僚の提案が袋叩きにされるのが耐えられなくて顔面にペンで色塗っちゃったり。髪かきむしって机にぶつける、とかも、家ではあったけど外ではなかったのに最近やってしまう。職場でもイヤフォンしてないとつらかったり、食事に入ったファミレスで隣の席の人の声が嫌で嫌でたまらなくてソファ叩いたときはめちゃくちゃ反省したし自分が嫌になった。
でも思い返せばさあ、別に今に始まったことじゃないんだよな。小学生の頃から大学に至るまで、やってたと思う。シャーペンで顔ぐりぐりしてニキビ潰したこととかあるもん。覚えてる。
でももう学生じゃないんですよ。どうしたらいいんだよと。
社会人になってからあんまりこういうことなかったな、って思って去年の6月の手帳とか見返したけど、そもそもこういうよくわからない行動をしそうな日って、仕事行けてないんだよな。発作起こしたりなんだりで。そういう意味では、対うつ病として考えたら、多少のストレス飲み込んで出勤できるのは偉い!けど、対自分の傾向で考えたら、この自閉だかなんだかわからない行動をどうにかしないといけないわけですよ。
ここまで書いてわけわかんなくなってきた。だからなんなんだ……。具体的な対策があるわけでもなく、対策練ることができるほどのサンプルもなく、ただただ生きづらいだけである。でも梅雨だしみんなしんどいもんでしょう?自分だけ辛いなんて思ったらだめで、みんな辛いのに頑張ってるのに僕は頑張れなくて、理想は「みんな辛いからゆっくりやろう」ってなることだけどそうはならないから、僕も頑張らないといけないんだけど。

とりあえずこの胃痛はそろそろ病院案件なので近々病院行きますけども。なんの話だ。なんか書かないと死にそうだったんだよ。メルカリの梱包しろ。

 

ダイアリー 〜19/06/06 感化されやすいタイプです

 


舞台 #LOOSER 感想まとめ
https://togetter.com/li/1363653


というわけで、LOOSER観てきました。
自分の信念。自分の大義、正義。
戦乱の世、平和。
ぶつかるのは悪と正義じゃなくて、正義と正義。大義大義。そうやってうまれた今の日本は、ほんとうに平和なのかなあ。
僕は。
僕の大義とは、僕の正義とは。僕の貫くべき核とは。
僕が持ちたい核、それはもうわかっていて、手元にもある。だけど、それを手にするための行動をしきれているか、っていうと、自己否定しかできない。

ちゃんと自分の決意ブログ読み返そう、って思わされたしあしたから変わらなきゃなって思った、くらい良い舞台だった。
死にたいけどね。
から、いまこれを書いている。

厨二病で結構なんだけど、自分の中に、
「明日とか未来とか決意とか自分の核とかそういう前進へのエネルギーとそれを信じる自分」と、「希死念慮!鬱!自殺!現実滅べ!な自分」がいるんですよ。2人じゃなくてもっとグラデーションで色々いるんだけど。
その濃淡が、相対していつもバトってるから、取りまとめるべきの僕自身が、一番どうしたらいいのかわからない。
みんなこういう気持ちをどう飼いならしてるんだろう。僕の死にたいほうの部分は人よりちょっと濃い(っていう診断)らしいけど、世間的にもあるわけでしょう。

今さら吹っ切れて人生を謳歌…というか未来を見据える自分になるのが怖い。
でももうそっちにシフトしないといけないんだよ。死にたいけど……
だってこのあいだまでいつ飛び込むか考えてエンディングノート仕上げてたんですよ。いや今でも定期的に書き換えてるけど。

なのに、いろんなことがあって、恋人や友人や家族や好きなひと、好きなもの、そういう自分の両手に届く愛を示すものと、いつか共有したい未来ができてしまった。
こどもを産む予定はないけれど、今の社会や世界にとっていろんなことを思うし、いろんな生きづらさを感じるから、いつか、僕と同じような属性のこどもが……例えば孫の世代が、その生きづらさを感じなくなる社会になってほしいと思っちゃった。
いつか、を願ってしまったんだよ。
そのために、自分が行動して、自分の声が届く範囲にだけでも、花束を撒いていたいって。早死にはするつもりだけど、明日じゃなくてもいい。明日死ぬにはまだ、押し付けた言葉の花束が少ないと、思うようになってしまった。

どうしたらいい?
30歳で死ぬつもりで生きてきたここ数年の自分になんて言えばいい?どんな顔してこれから先の未来を生きていけばいい?生きることに、生活や思考をシフトさせるのめっちゃ難しいし、すごくしんどいし、怖い。たぶん死んだら解放されるのであろうものを、わざわざ手に掴んだり手放したりして生きていくの、本当に怖い。生きづらい。やっぱり死にたい。いますぐ。でも、いま死んだら、前までなら後悔なんか絶対しなかったと思うけど、いまは、後悔してしまうと思う。

だから、僕の言い訳になってほしい。
30歳過ぎて仮に生きていたとしたら、僕が毎日つらくて死にたくてたまらないとき、あのときお前が死ぬなと言ったせいだ、って、言っちゃうかもしれない。いつか。
でもいまは共犯者がほしい。
ひとりで、生きるために舵を切るのは怖い。120%希死念慮をエネルギーにして進んでいた人生を、いまからぐるっと変えるのは、ほんとうに怖い。10代じゃないし、人生を変えることは恐怖でしかない。それに打ち勝つ強さも、僕ひとりでは持ってない。
だから、だれか、僕の共犯になってほしい。背中を押してとまでは言わないから。生きることに舵を切るのが怖くてたまらない僕に、情けねえやつ、バーカ、って言ってほしい。

たまに愚痴を聞いて、たまに構ってくれたらいい。そうやって、僕がいつか死なない日のために、僕の共犯になってほしい。

誰に。というか、あなたに。
極上のランディングを決めるから、たとえそれがボロクソの失敗作でも、笑い飛ばす、あなたという共犯に、手を貸してほしい。


http://bookmarker35.hatenablog.com/entry/2019/03/17/211600

http://bookmarker35.hatenablog.com/entry/2016/09/01/005212


言葉で言うのは簡単。空想を描くのも簡単。
たったいまこの瞬間から、自分を具体的に変えるには。何が自分の、変えられる行動か。思考は簡単に変わらないけど、行動を変えていけば思考も伴うから。
僕はいま何をしたらいいんだろう。考えなきゃ、立ち向かわなきゃ。もっと具体的に。

 

 

ダイアリー 19/04/11

つい先日「趣味は仕事と彼氏」と知人に言われて、違う惑星の人だなあと言葉を失ってしまったんだけど、僕も届いたBlu-rayを開くこともできないまま硬直してしまうほど好きなものがあって(ドリフェス!の話だ)、そういう趣味に「依存」して「他人本位」で生きているのかなあ?と考えた。
まあ、ある側面で言えば「他人本位」で「依存した」生き方なのかもしれない。そう言われたらぐうの音もでない。でも僕は、その「他人から受けるもの」に対して自分が「能動的」なんじゃないかという雑な仮説を立てた。なんでかというと、僕は「好き!」ということを伝えるためにあらゆるものを惜しまないから。人でもものでもコンテンツでもいいんだけど、好きなものには好きと言いたいしそれを伝えたい。エゴだ。僕はエゴイストで、広辞苑のエゴイストの例に掲載されてもいいくらいだと自負している。
「僕のことは忘れてもいい、忘れてほしい、でも僕が振り回した言霊の花束が、いつかあなたの力になって、救いますように」
僕はよく上記のようなことを言うのだけど、これはひどいエゴだなあと思う。特にひどいのは「僕のことなんか忘れてもいい」という一文だ。そこで一瞬、身を引いて、自分を消したように見せるからだ。これは本当についさっき、15分前くらいに、やってることがポルノの晴一と一緒だと気づいた。
「あなたが望むのならこの身など いつでも差し出していい
降り注ぐ火の粉の盾になろう
ただそこに一握り残った僕の想いを
すくい上げて心の隅に置いて」
かの有名なアゲハ蝶の一節だ。
「あなたが望むのならこの身などいつでも差し出していい」という献身的な自己犠牲を見せたあと、それでも「僕を忘れないであなたの心の隅に残して」と訴えるのは、あるいはもっと直球で訴えられるエゴよりも、重さが増すような気がする。
僕もそうだ。僕だって、「僕のことなど忘れてくれていい」と言いながら、「でもいつか僕の言霊が花束になって」と呪っている。献身的な愛、と見せかけて、ただの自分の欲求なのだ。
ひとにもそうだし、推しにもそうだ。推しなんか僕のことを認知さえしないのに、それでも「いつか僕が応援したことが、推しのためになったらいいなあ」と思ってしまう。払った金が筆頭だけど、ファンレターも、出した祝い花もぜんぶ。それが、わかんないけど、推しの次の仕事や、新規ファンの獲得につながればいいなあ、と思う。一方的に応援させてもらってるくせに、こんなエゴを捨てられないのだ。
エゴと、能動的であることは、ある面においてよく似ている。放たれた何かを受け取る、それを抱きしめる、という行為だって、能動的だからこそできることだ。
だから、僕はこの「他人から受けたもの」を受けて自分が発露する「エゴ」を、ひとつの自分のリアリティみたいなものとして呼びたい。他人本位、と見せかけて、これは僕が引き起こす僕の愛であり、僕のエゴなのだ。
だからといって、趣味が彼氏の人と同じ惑星に住めるかはわからないし、あのひとはとても他人本位で依存的なのかもしれない。他人本位であろうが自分本位であろうがそこに貴賎はないが、僕は、自分が能動的なほうが好きだ。

……と、ここまで書いて、茹だる頭のためにコンビニで買ったジュースを飲んでいたら、友人が待ち合わせ場所に来た。何を書いたのかよくわからないので推敲はしない。友人と平成納めのプリクラを撮った。楽しかった。頭がごちゃごちゃなのでしゃべり倒してしまった。ごめん。
今年は桜が長く咲いていた。いや知らんけどそんな気がする。桜は死の象徴みたいな花だ。あの無数の花びらに、砂にのめり込むようにして死んでいく、溺死を連想する。
緩やかな頭痛はいつもこういうときにやってくる。おやすみなさい。明日はどっちだ、わかんねーな。

 

ダイアリー 2019/04/05

なんかブログ書こうとかいろいろ思うんだけどすぱんっと書けなかったから、どさどさしたメモ。送りつけた友人ごめん。ありがとう。

完全に仕事の繁忙期ピークからのランナーズハイ。もうすこしだ〜〜

 

所信表明させてね、今年の目標は来年続けるにしろどうにしろ今の仕事になれること、職場の人に迷惑かけることを恐れないこと、毎日清潔にすること、痩せること、なにより含めた家族大事にしつつ、実家から自立することです。

うつ病になってから、もともと強かった実家依存と母子依存が強まってしまった自覚はあるから、そこから抜けたいと思っている。
抜けるためには親と喧嘩したり話したりするのも大事なんだけど、うちの両親は「不言実行」「誠意は態度で示せ」の人だから、僕のことをもう少し信じてもらえるように(?)。言いかた変かもしれないけど、そういうふうに態度で示せる生活しようと思います。
具体的には
遅刻ギリギリじゃない時間に起きる
自宅の家事する(主に台所!)
自室を清潔に保つ(床が見えること大事)
金銭面のコントロール(もう分割払いしない)
仕事の愚痴を家で吐かない(そのためのツイッター)
食事は家族の波に乗れないときは自分で準備する(いま親に甘やかされてるのが現状だから、そこをうまいこと自分でやるように)

あと、職場ではできるだけニコニコでいられるように。ニコニコは無理でも口角を下げないように。
忙しいときに、イライラのオーラがでないように。自分の忙しい時期は無理だし無理をする気はないけど、時間があるときは、せっかく異動できたから、ここの支店の力になれるように。仕事の量自体は減るから、質を上げて、勉強して、仕事の範囲を増やす。

とか、そういうすごくシンプルなことなんだけど。
こういうところで、誤解を恐れずに言うなら、親からの信頼を勝ち取りたい。一人暮らしとかそういうのに向けてもそうだし、親孝行としても。
友達も大事にしたい。
大人になってわかったASDADHDの傾向をちゃんと掴んで、もっと自分が生きやすくなる手段を模索したい。

それと同時にね、花束を振り回して押し付けることはね、続けるから。僕のことは忘れていいから、僕の言った言霊が、いつか誰かのちからになりますように。好きなものを好きと言うことに、惜しまない。

残念なことにいま絶望的に眠いし寝不足だから、細かいことはきちんとまた考える。

27歳にしてこんなこと思うの遅すぎるんだけど笑、大卒就職のあとにモラトリアム(笑)があったから許してほしい。
おとなにもまだなりたくないけど笑、前進したい限り。
あのボロボロだったバタフェから、アンフェ経ていまこんな気持ちです。

誰かのための愛。
好きな人のための愛、次世代のための愛。
大事なもののための愛。あなたのための花束。
そういうの握りしめて∠RECEIVERになりたい。と思う。あわよくば家族が増えたらいいなと思う。たからものひとつふたつ。

ねむい、おやすみなさい。
働きすぎだ〜〜、でもいいんだ、こうやって蓄えて展開していく季節、ひとつの開花の時期なんだと、思う

 

僕と∠RECEIVERの話 UNFADEDツアーで得たものと愛の話

ふせったーに書いてた、ポルノグラフィティ UNFADEDツアーのネタバレ。というか、∠RECEIVERの話。
僕にとっての∠RECEIVERは、簡単に言うと、僕の理想そのもの。人生の、核。∠RECEIVERになりたい。あれになりたい。2011.9.10から、ずっとそう思っているもの。

ふせったーでやりきれずに書いていた感情を、ここにあえて、時系列順に並べてみます。


2019/1/1 5:12
カウントダウン直後、ホテルにて。

いろんな人から今回はしーくんやばいよって脅されてて、こわって思ってたのを中盤あたりでこれだーー!って思って頭ぶん回してビタスイなんか超気持ちよくてアヘ顔ヘドバンしてたので、最後の一曲の最初の一音で膝から崩れ落ちた

今日大阪に向かう途中で、「好きなものを好きだと証明するために生きた2018」と書いたあと、

「好きな服を着て、好きな音楽を聴いて、好きな街を歩いて好きな場所に行って好きなものを見て好きな人に会う。好きなものを心に抱きながら、Whole New Worldと∠RECEIVERに恥ずかしくない2019年にしたいと思う。人から見てどうか、に相変わらずこだわって恐れてしまうけれど、うるせえ!僕の好きにさせろ!って気持ちを失わずにいたい」と書いた。

そのときちょうど∠RECEIVERを聞いた。

こうも書いた。
「できれば2019のうちに死にたいけどうまくいくかな。わかんない。先のことはよくわからないけど。この瞬間瞬間に、後悔を置いてこないように、過ごしたいと思う限りです。」

死にたいといつも思っているのに、死にたくてたまらないのに、∠RECEIVERと向き合うと生きることにすこし前向きになってしまうから、怖いなあ、って思った。僕の人生の理想は∠RECEIVERで、そうなるためには、長生きは不要だけど、今日死ぬわけにはいかなくなる。

そもそもこのタイミングで聞くと思ってなかった。
悔しい。生きていたくなんかない。早く死にたい。どうでもいい。なにもかも。全部投げ出したい。そう思うのに、そういうタイミングだから、ただヘドバンで脳貧血になるような楽しいライブで終わってくれたら、サイコー!って死ねたのに、∠RECEIVERが、死ぬのはいまじゃないと言ってくる。まだキミはボクになれてない。したいこともたくさんある。できることもたくさんある。できないこともたくさんある。逃げなければ死なないんじゃないのって。

ちょっと異様に強い希死念慮と自殺願望持ちなので、ちょっとやそっとじゃ未来まで生きようと思わないし、今の僕が描ける自分の未来はせいぜい2019年の3月末までが手一杯なのだけど(そこから先の自分が本当に検討つかない、本当に)、∠RECEIVERに強制的にその先に連れていかれる気がした。良いとか悪いとかそういうのを超えて。

キミはボクになるんでしょう。
いまのキミに死ぬ権利はあるけど、いまのキミはボク、∠RECEIVERにはなれてないよ。

そう言われたように聞こえた。
自分が∠RECEIVERになれていないことに絶望して死にたい。死にたいが7割だけど、3割だけ、∠RECEIVERになるまで生きなきゃ、と思う。
∠RECEIVERになった、と胸を張れるそのときにまだ死にたかったら死ねばいい。

未来予想図をまるで描けない僕のコンパスを、まさか新年早々「道は示してやるから後は自分で決めなさい」と託されるとは思わなかったから、今からゆっくり処理していく。

例えば2020年の僕、2019年の夏の僕を、自分で思い描けるだろうか。
死にたくてたまらないのに、あたまにあのハーモニカがよぎる。死ぬことすら許されないような気がする。愛してほしい。手放しに誰かに許してほしい。生きている原罪ごと僕を許してくれ。

 

2019/1/1 20:01
夜行バスを待つ大阪駅にて

アンフェネタバレの個人的重い話
れしーばーを咀嚼どころか受け止められていないというかあれは集団幻覚なのではと思っているし演奏中ずっと突っ伏してたから演奏している二人を見ていない

ただここ数年で一番チケット取ってるツアーで演奏される事実にはさすがに笑っている。

僕はまだ∠RECEIVERからは程遠いのに。なれていないのに。なれていないという事実だけを突きつけられる。
世界は2010年から何も変わってないんだと思った。∠RECEIVERが意味を持つ世界であることが良いことなのか僕にはわからない。

本当に不意打ちだった。
どうしたらいいんだろうか。これを次に聞くときまでに何をしておけばいいんだろう。どうしたら理想になれる。その方法なら頭では知ってる。うまく体で出来ないだけで。というのはきっと言い訳なのだろう。
これからツアーファイナルまで、仕事ハードモードで地獄のピークを迎えるのに、そんな余裕のない中で僕にどう理想と向き合えっていうんだろう。
理想と見つめ合った結果、おまえからは程遠いんだよと嘲笑されたように感じたとき、たぶん僕は終わる。昨日はそれをこらえられた。次がどうだかわからない。おまえは、つまり、僕はまだ、この星のどこにあることはおろか、自分の目の前とも向き合えていないのだと、わかっている事実を、痛切に突きつけられて、いまひとりで、大阪駅で、胃が痛くて、頭が痛い。

でも∠RECEIVERは絶対に誰のことも嘲笑したりしないんだ。
嘲笑してもらえたらずっとらくなのに。
でもそれをしないから僕は∠RECEIVERになりたいんだ、と思う。

彼らにとって「色褪せるべきではない」曲だから、あんなMCのあとに、トリとして演奏してくれたのかな。
僕にどうしろっていうんだろう。

生きててよかったなんて絶対に思いたくないし言いたくもないし早く死にたいのに、いまこれを書いている十数時間前、僕は∠RECEIVERを聞きながら、たしかに、「僕は生きている」と、思ってしまった。生きている、と、存在を証明されたその感覚が、苦痛で苦しくて、同時に与えられる唯一の許しのようでもあった。
すがりつく場所なんてないのに。はやくこの世からいなくなりたいのに。生きている、とからだが感じるその瞬間は、痛みと苦しみしかないのに、痛みと苦しみにまみれないと、僕は許されることすらできないのかなあ。僕はただ全面的に許されていたいだけなんだよ何もかもを。この人格容姿スペックセクシュアリティなにもかも。無条件に。痛いのも苦しいのも嫌なのに。どうしてそれを伴わないと許される感覚も与えられないんだろう。

2019/03/17 追記
ライブで∠RECEIVERを聞いた僕を心配して笑、みんなたくさんラインとか、ありがとう。
このあと、しばらく…ほんとうに唸ってしまって、どうしたらいいのかわからなくなったり、周囲に迷惑をかけたり、いろいろした。
強すぎる自殺願望をどうにかしたくて、でもどうにもならなくて。好きな人や特別な人や愛する人にもたぶん、ひどいことを言った。
でも、そんななかでも、その人たちは僕を見捨てずにいてくれた。∠RECEIVERになれない僕を、大丈夫だからと言ってくれた。
「30過ぎても生きてて人生が最悪だったら私のせいにしていいから」…と、あるさかなは言ったし、
「半分だけ本気でいいから、将来の約束をしたい」…と、ある好きな人は言った。
ほんのすこし、未来への捉え方が変わったのが、1/16だった。


2019/2/1 0:58
幕張ライブの後。
∠RECEIVERがくるとわかって、立っているのは、かなり精神的に重かった。本編のこと、あんまり覚えてない。

たった一曲の音楽に、人生を変えられたことはありますか。
もっと言うならば、たかが4分半の音楽と歌詞に、世界を変えられたことはありますか。
ある人が多いのか、ない人が多いのか、僕にはわからない。すくなくとも、僕はある。
壮大な物語でも、他の誰かの人生でもない、たった一曲に。

初めて聞いたときは、半分も理解できなかったと思う。大好きなポルノグラフィティの、最新アルバムのリード曲、スマトラ沖地震を題材につくられた曲。当時からジャーナリズムみたいなものに憧れていたから、いい曲だなあ、というぼんやりとした感想はあった。

その曲が僕にとって「唯一」になったのは、2011年9月10日だ。
その半年前、東日本大震災があった。
記憶にある限り、そして自分が体感した限り、一番大きな揺れを関東でも感じた。ニュースは常にグラグラとする映像を流しながら、人の数をかぞえていた。
半年間、僕は何もできなかった。
あの災害から半年経った日、チャリティライブがあった。そのアンコールで、メンバー2人だけで、大事に演奏してくれたのが、∠RECEIVERだった。

「この目よ虚構を射よ この耳よ意思を聞け 迷いを打ち消すのは綿密に練り上げられた自信」
「この地球の裏側でも僕たちの足元でも起こりうる出来事から逃げない∠RECEIVERでいたい」

真夏の太陽の下で聴いたそれは、僕の脳に「なにか」をもたらすには充分すぎた。
僕は∠RECEIVERになりたい。あれそのものになりたい。そう心から願い、人生の舵を大幅に切った。2011/9/10に、僕は生まれ直した。セカンドバースデーだ。

そんなことをよく書いているし、よく言ってもいるから、いろんな人に言われる。
「ライブでまた聞けたらいいね」
そのたびに僕は言う。
「いまはまだいい」
僕が∠RECEIVERに胸を張って対峙できるようになるまで、まだ出会いたくない。今の僕はまだ、∠RECEIVERにはなれていない。ほど遠いから。そう答えていた。

いま、控えめに言って、僕は自分を見つめ直す時期にきている自覚があるし、まだ∠RECEIVERを目標として定め続けるのなら、自分の人生をもう一度、見つめ直さないといけないと思っている。
うつ病になり、ASDだとわかり、さらに2017年から2018年は、好きなものに狂い続けて、不安定と引き換えの快感を手にしていた。好きなものに狂いすぎて、世間やニュースや、「この地球の裏側でも僕たちの足元でも起こりうる出来事には意味のようなものがあるのか?」考えることを怠っていた。好きなものに夢中なことを言い訳にしていた、と思う。後悔はないけれど、仮にこれからもしばらく死なないとするなら、そのスタンスは改めないといけない。強すぎる希死念慮を飼いならす訓練をしないといけない。

だから、それが少しでもできるようになったら、また∠RECEIVERを聞こう。
そう思って、CDでさえ聴いていなかった。

なのに、ツアーで、最後にやられた。
膝から崩れ落ちた。
正面も見れなかった。イントロの瞬間から弾け飛んだみたいになって、指先まで震えていた感覚は残っている。なにもかもがわからなくなって、∠RECEIVERの歌詞がただ、頭に刻み込まれていく。

まだ、聞きたくなかった。
今じゃなくてよかった。
だって僕はまだ、∠RECEIVERじゃないから。理想になれていないから。
理想から程遠いという現実を突きつけられるだけだから。

でも、今、この理想に出会い直すことに何か意味があるのなら、それは「タイミング」なんだと思う。

死にたくて仕方がないけれど、ひとまずは死なない方向で生活していくことに決めた(生きたいとも思わないけれど)。
好きな人ともっとしっかり向き合うと決めた。家族ともっと向き合うと決めた。
自分ともっと向き合うと決めた。
自分と向き合ったら、自分がもっとしたいことが、じわじわといま浮かんできている。

僕がしたかったこと。
あの日炎天下で聴いた4分半の音楽に、僕が誓ったこと。

中学生のころのユニセフの人になりたいという夢を、僕はまだ忘れていないこと。大人になったいまだから寄付で貢献できること。
家族を大事にすることの意味が、やっとわかりはじめたこと。
好きな人の人生を背負う覚悟の難しさを思い知っていること。
マイノリティとして生きる難しさと、カミングアウトし続けるという自分なりの戦い。
誰かのために生きていたい、誰かに貢献したい、次の世代により良いバトンを引き継ぎたい。

大阪カウントダウンのあと、初参戦だった幕張公演。
「∠RECEIVERがくる」とわかっていたから、本編がすごく長く感じた。
岡野さんが「色褪せてはいけないものもある」というMCでこの曲を始めること、そこに詰め込まれた意味。昨今の震災や世界情勢、そして、僕自身。
ギターが鳴った瞬間、音がきた瞬間、倒れなかったし、しゃがみこまなかった。画面をしっかり見て、映し出された歌詞を脳髄に刻んで、口だけ動かして、もういちど、もういちど、∠RECEIVERになりたいと願って、僕の生活をリスタートさせてくれませんか、と願った。

答えは僕しか知らない。
そして、明日からもしばらく、僕は死にぞこない続けるのだろう。

たった一曲の音楽に、たった4分半に、僕は価値観や理想や、愛そのものすら変えられてしまった。変えられた人生を、いま生きている。


2019/03/17 追記
幕張の後の文章を読んで、大好きな友人がDMをくれた。「しーくんの文章は、わたしにとって特別」。この言葉があれば、僕は立ち向かえるような、気がした。

3/8 22:52
横浜初日のあと。
アンフェネタバレ→だから!!!僕が何を言ってもネタバレになると!!!!!言っただろ!!!!!!!wwwwww

3/8 0:05
あのね僕のこと知っててあんふぇ参戦した人ならわかってくれると思うんだけど、楽しかったんだよ、今日はめっちゃ楽しかった。記憶も飛んでない。本当に楽しかった。それがなにより幸せだし、なんか、自分にちょっと感動してる。


3/8 0:27
横浜のあと。

UNFADEDにおける自分語り(ネタバレあるよ)僕が何を言ってもネタバレになる、の意味がわかっていただけただろうか

1回目。突然のことすぎて、とんだ。
2回目。くるとわかっていたから、本編が記憶にない。でも、受け止められた。
3回目。今日。全編、覚えてる。
楽しかった。好きな曲すげーやってた。驚いた。
崩れ落ちなかったし、泣かなかった。頭に刻まなきゃ、からだで覚えなきゃ、と思って、「これになるんだ」って思って、信じて、もちろん口パクでだけど、全力で歌詞を歌った。

「この目よ虚構を射よ この耳よ意思を聞け 迷いを打ち消すのは綿密に練り上げられたCONFIDENCE」
「この星の裏側でも僕たちの足下でも 起こりうる出来事から逃げない∠RECEIVERでいたい」

あんまりに眩しくて、目をつむりたくなるようなフレーズから、逃げなかった。ちゃんと聞いた。ちゃんと口を動かした。ちゃんと画面を見た。

相変わらず理想にはなれてないし、今日も日中は仕事が怖くて震えが止まらなくなったりしてたし、ダメなところたくさんあって、逃げたくなるときもあるけど、でも。

あの日、つま恋の炎天下で望んだこと。
中学生の僕の憧れ。
愛する人のこと。
あるとしたら、未来、のようなもの。
そして、現在。
…現在、って変換しようとしたら、原罪、がでてきた。そうだね、僕の中に凝り固まる「生まれ落ちた罪 生き残る罰」という呪いも含めて。

逃げないから。
立ち向かって戦うことは、すごく難しいし、できるときとできないときがあるけど、すくなくとも、逃げない。

今日のライブは、一曲めからすごく楽しかった。頭をぶん回して腕を上げて、痺れて。
全部覚えて、ドームの発表聞いて、なお、僕の核はここにあるのだと、噛み締めている。
∠RECEIVERたれという、僕の∠IDEALを、いつか僕の∠REALに変えてみせるから。

あしたも死にぞこなおうと思う。
好きな人に好きって言おうと思う。
起きられたら休日出勤しようと思う。
あさっても、そうできたらいいな。

2018年の、どうにかして死のうと足掻いていたところから、死に損ない続けようと、思えるところまできたよ。
僕、前に進めてますか?
こっちが、前で、あってる?

 

その翌日の横浜は、もう、ほんとうにシンプルに楽しかった。
横浜に連れて行った友人2人がポルノを楽しんでくれたことが、嬉しかったし、2日目の後はみんなでバーガーキングに行ったのも、すごく、ぱのよんみたいだなあって思っていた。

そして3/17。
オーラスには行かなかったけど、僕には∠RECEIVERがいてくれる、と思う。
理想になったつもりで生活するのは難しい。理想になるのは、それを両手でギュッと大事にして、愛して、目をそらさずにいることは、難しい。

でも、これを最後まで読んでくれたあなたになら、たぶん頼んでいいと思う。
長生きするとは言えない。死なないだけで、生きたいとは思っていない。
僕は自分が嫌いだし、自己肯定感もクソもない。でも、自分の核が、∠RECEIVERによって構成されていることは、誇りに思っていいと思っている。
「この目よ虚構を射よ この耳よ意思を聞け 迷いを打ち消すのは綿密に練り上げられた∠自信」
この言葉に恥じないような、極上のランディングをいつか決めるから、その目撃者になってくれますか?