人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ダイアリー 18/01/21 〜butterfly effectツアーネタバレなし感想という名の自分語り


ポルノグラフィティbutterfly effectツアー感想という名のナルシズムに満ちた自分語りです。セトリや演出などのネタバレはありません。
*ネタバレはありません、が!!参戦済の人間が書いています。参戦前の方はお気をつけて。

 

 


感情が決壊する。涙が、理性も感情もコントロールもつかないところで勝手に溢れて出てくる。25歳がもうすぐ終わる冬、僕は生まれて初めてそれを体験した。
25歳はけっこう、なんというかいろいろあった年だった。まだあと2ヶ月あるけど。新しく好きになったものに魂捧げたり、失恋したり、転職したり、環境を意図的に変えたり、うつ病なんとかしたくて薬がんがん使ったり。
僕はいろんな決断や背中を押されること、気持ちを整理して消化あるいは昇華することをいつもポルノのライブに手伝ってもらっていたのだけれど、去年は国内ワンマンがなかったし海外行かなかったから、この一年のあいだ、それがずっとできていなかった。
だから、ライブに行ったら、一年分の感情がほとんど暴発した。
全然涙を流すような曲じゃないところからずっと泣いていて、どうして泣いているのかわからなくて、途中とある曲のゾーンでもう僕は死ぬしかないってなって笑、今夜死のう、ってそればかり思っていたのだけれど。でも最後に、また救いみたいな曲を出してきやがって、終わったあと友人にまるでポンコツな僕を看病してもらって、ホテルでもまたグズグズになるまで泣いて、寝て起きて帰ってきて、いま、生きていてよかったと思う。
一緒に参戦したのは熊本の連中だから、熊本地震のときに怪我がなくてよかった、とか。鹿児島は僕にとって大事な土地だからそこであの歌を聴けてよかった、とか。1つ反省していることもあるのだけれど、でも、好きな人のいる場所であの歌を聴けてよかった、とか。

ただ、ひとつどうしても、ああ、僕、やっぱり男だったらよかったのになあ、と思った。どの曲がというか数曲続いたところでね。僕が男だったら、この曲でこんなに泣かないのにな、って。生まれて初めて、こどもがほしい、家族をつくりたいとここ半年くらい思っていて、それは僕は愛する女の人に自分と家族になってほしいということなんだなって思ったんだけど、それができないのが、悔しくて、それで、たぶん泣いていたし、生きていたくないと思ったし、できるなら死んでしまいたかった。よく考えたらそれは性別だけが原因ではないのは自明なんだけど。
でも死ねないから、僕は好きな人の幸福をただ祈りたい。それくらい、許してもらえると、甘えています。
失恋のあとのライブってこんな気持ちになるんだね。実ははじめてでした。めったに失恋しない(ということにしておいてほしい)ので笑

自分の知らない自分との出会いは、怖い。びっくりするほど。こんな感情どっから出てくるんだ、ってくらい、脳だか心だか知らないけれどどこかから感情が溢れ出てきて、僕はそれを呼ぶための適切な語彙を持っていなくて、ふるえて、過去にした決断やこれからの未来やいまどうしようもない感情すべてを考えたらどうしても死にたくなって、死ぬ、生きていたくない、死ぬ、ってずっと言っていて。だけれど、死んじゃだめ、って言われて、時計は止まらなくて、ホテルにチェックインしたらビジネスライクな折り鶴が置いてあって、飛行機の時間は迫っていて、明日から仕事で、昨晩死ねなかったなら、今度こそちゃんと死ぬために、生きるしかないんだと、やっと今日になって気づいた。鬱で倒れてからずっと言っている。死ぬために生きる、って。
死ぬために生きることも、愛するために生きることも、めちゃくちゃしんどい。僕は論理的思考と冷静さに憧れる衝動的な直情型の人間だから、心の琴線に触れるどころかぶん殴られて、我を失ってしまっていたけれど、いまはもう、生きていてよかった、と思う。生きてポルノのライブに行けてよかったし、大好きで大切な人がいてくれることが、なにより自分にとってありがたくて大事な出来事なんだな、と。死ななくてよかった。
昨年の失恋はハッピーエンドだったんだけど、その感情をまだ僕は濾過しきれていなかったんだなあ、とライブ終わったいまは冷静に思います。転職決めたこともそうかな。いま少しずつ穏やかになってきている気持ちをなんて呼べばいいのかわからないし、僕は生まれて初めて、言葉にする必要がない感情に出会ったと思います。ポルノはいつも僕に初めてをくれる、だから、好きです。

実は明日から新しい職場です。ビビっていますすごく。でも、頑張ります。生きていてよかった、って、またポルノのライブで思いたいから。30歳まで、僕は死なない。
茨の道を選んだのは他でもない僕なので。責任取ろうと思います。自分への。∠RECEIVERになるということを、ことのはの花束を振りまわして押し付けて生きるということを。
こんなふうに思わせてくれたすべてに感謝しています。ありがとう。死なないでいてくれた自分に、死なせまいとしてくれたすべての人に。心から愛と感謝を伝えていきたい。たぶん、人生を賭けて。

 

以下、昨晩、錯乱したまま書いたツイート。残しておこうと思った。自分のために。

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感情がぐちゃぐちゃなので整理させてください 個人的にポルノのワンマンは去年ゼロで(海外行かなかったので)、だいたいいつもいろんなことのけじめや決心をポルノのライブでつけてるから一年間分たまっていて、だからそれで感情が暴発してしまった面はあって コントロールできなくて
一年あったこととこれからやらなきゃいけないこと頭にブワーって出てきて混乱して 泣くわけじゃないような曲ですごく泣いてなにしてんのかわからなくてすごく怖かった、こんなに怖いと思うライブははじめてで、自分なのに自分じゃない感情が出てきて、これはたぶんポルノじゃないと無理だから
ポジティブな感情や前向きな決断を後押ししてくれるのは他のアーティストの曲でもあるし、くろふねとかまさにそうで、自分の中の美しいほうの感情が純度高まっていくいくんだけど、僕の中のネガティヴや虚無の部分を肯定してくれるのはポルノだけで、それは僕がポルノに頼って生きてきた証拠でもあって
だからどん底までマジで感情を突き落とされて、絶対に後悔していないし自分の意思で選んだことに対して自分が未練タラタラなことに気づいたとき、ああやられたポルノだもん僕の心のいちばん奥までえぐってくるよなって思って、
ある曲の流れの部分が、条件で思考していたはずなのにいつのまにか条件なんで忘れて理性と感情とのはざまで揺れて結局感情が自分の理性を殺してしまうような流れで、あと一歩トドメをさしてくれたら感情に流れてライブ後に理性なんか殺して全部やりたいことしてそのまま死ねたのに
でも僕が好きになったポルノだからやっぱりトドメはさしてくれなくて 崖っぷちまで追い詰めて突き落としてくれないなんてすごく残酷だなと思って そのあと唖然としてしまったのだけどそのあとある曲で無理やり崖から離れた安全地帯に放り出されてしまって そう 残酷なライブでした
そこに救いがあることがこんなに残酷に感じたことはないかもしれない。あんなにライブ半ば死にたくて死のうと思っていたのに終わりにかけて僕は結局前を向かされてしまって、希望というか心のタンクにエネルギーを詰められてしまって、あそこまで追い詰めておいて殺してくれないのは ひどい
僕にとってはたぶん 過去いちばんの残酷なライブでした 殺してくれないなら救わないでほしかった でも救ってくれたから明日からも現実を生きられるし 心のタンクは満タンで 優しい気持ちになれてしまって 哀しいけれど僕はライブ中ずっと思い出していた自分の決断を肯定しないといけなくて
それを肯定するために あしたからも死なせねえよって あの曲に言われました 残酷で ある意味とても無慈悲で たぶん僕はポルノのそういうところが好きで だから これからもたくさん愛していきたいと思うし 死にたい気持ちを抱えたまま生きていくんだと思う たぶん しばらくは
これ、知らない人が多いんですが、愛したいものを愛することって実はすごく覚悟がいることで、それは愛とエゴが似ているからで。あなたを手に入れるためならわたし死んでもいいの、は愛じゃなくてエゴで、愛というのは愛する人のために自分の感情をすっぱりと切り捨てて愛する人のすべてを優先して
自分を殺すことで、少なくとも僕にはそういう愛しかしたことがなくて、そういう愛って覚悟がいる、でもそういう生き方をお前は選んだんだよ、それがお前の理想になるということで花束をばらまく人生の意義なんだよと 言われたような気がして だから 今夜たくさん泣きごと言って
あしたからまた 生きていかなきゃいけない 残酷な道を選んだのは自分だったんだなと それでもその先にあるのが僕の目指すものだから 視線をひとつ無理やり上げてくれたかんじ 自分が美しく生きるための視点みたいなものを ポルノグラフィティは僕の運命だから
あしたからまた 生きていかなきゃいけない 残酷な道を選んだのは自分だったんだなと それでもその先にあるのが僕の目指すものだから 視線をひとつ無理やり上げてくれたかんじ 自分が美しく生きるための視点みたいなものを ポルノグラフィティは僕の運命だから
あの日 電車に飛び込もうとしたとき 腕引っ張ってくれたおにいさん ありがとうございました おかげで僕は今日ポルノグラフィティに会えました 僕の運命はまた磨かれて たぶんあしたからもっと美しく生きられると思う きっとあなたにはずっと感謝して生きていきます