人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

命日の話

命日によせて。

明日、僕はなるはずがないと思っていた30歳になる。
正直、心の整理はまだついていない。

学生のころから、ずっと、僕は30歳になったら死ぬのだと言い続けてきた。なるはずがないと思っていたから、というのもあるし、なにより、人生がシンプルにしんどいからだ。
誰のせいでもないけれど、あまりに低い自己肯定感、中途半端な学力、絶望的な身体能力、恐ろしいほど醜悪な容姿、今となっては障害のせいだとわかっている(とはいえ今も苦しみ続けている)生きづらさ、会社員1年目のパワハラ、そこからのうつ病、また働き始めたら倒れて辞めざるを得なくなり、現在無職。悪化するうつ病。ずっと抱えている「はやく死にたい」というひとつの光のような願望。

愛する人と交わしてとうにはたされたはずの約束のリミットが30歳だったことを口実に、ただラクになりたくて、僕は「30歳になったら死ぬ」と言い続けていた。
今でもそう思っている。たぶん僕は明日死ぬ。自殺行為はしないけど。たぶん。

ここまで書いて、30分ほど悩んでみたのだけれど、続きが見つからない。どうにも、僕には30歳の誕生日以降の自分は、いまいち考えの及ばないものであるらしい。
エンディングノート(とはいえメモ書きみたいなもの)も書き終えた。わかるところに置いてある。

ぼんやりと絶望しながら、僕は自分に、日々に誠実だったかなぁと、そんなわけないよな、最低だよなぁと、毎瞬毎瞬、最低だったな、と、終わらない自責を繰り返している。死ねばいいと思う。死にたい。繰り返して失敗した自殺未遂の無念を晴らして、明日の朝ぱたりと、なぜか目が覚めないことをただ希う。

もしも、もしもあした、30歳の僕が、残念なことに目が覚めてしまったら、これを読んだ人だけでも死に損ないと嘲笑してほしい。

生きづらい、生きていたくなんかないこの世の中で、僕は今日という日を、命日の前日を、ぼんやり過ごしている。

ポルノグラフィティを聞き、TravisJapanを見て、これから先、友人たちとした約束を数え、ぼんやりとしている。

神様とは言わない。誰か迎えに来て僕を殺してください。