人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

憂鬱を色にしたらこんな感じ

クソ鬱記事だから読まないでね

 

 

https://twitter.com/totemo_iikodesu/status/1271041511174492160?s=21

このツイートにはなんの罪もないどころか大いに共感が湧いていて、わかるよ、と思った。同時に死にたくなった。
愚かで滑稽でみっともないとわかっていて、わかっているのに、自分がもし「あのとき入った会社でうまくやれていたら」、今も考えてしまう。うつ病なんかにならずにメキメキ歩合の給料を取ってたら。

たぶんツイートに出てくる人たちになれていたのだ。当時のパートナーは同性だったから、そこを切り抜ける必要はあったし、事実婚にしかならなくても。どうにかこうにかひとり暮らしをして、それがどうにかこうにかふたり暮らしになるはずだった。相手がどう思っていたかはさておき、僕はそう思っていたし、会社で何かあるたびごとにその恋人とだったらどうするかなあと考えたりした。結婚式に呼びたい友達ならたくさんいるのに。

たられば、を言うのはみっともないと思う。そんなことはわかっている、わかったうえで、もしも、を考えずにいられない自分に腹が立つ。いらいらする。自分なんか本当に死ねばいいと思う。「選ばなかった」未来ではなく、「選べなかった」未来に、自分がいかに未練たらたらなのかと思い知らされる。どうせうまくなんかいってないのにね、どんな道を選んでも、僕なんかじゃ。どうせ僕なんかに。
でも今よりマシだったんじゃないかなあ。この歳になって新入社員して、役に立たずに毎日へこたれて泣きながら電車に乗る今より、マシな未来があったんじゃないかなあ。
そう思うと、僕はもう、ただただ自分を恨むしかない。こうなった自分をただ恨む。全部自分のせいだ。さっさと死ねばいいのに、と思う。思っているのにぜんぜん死ねない。