人生のスタンプラリー

人生のスタンプラリー認定協会埼玉支部

ダイアリー 20/05/27 〜長い5分を過ごして眠いけど眠いからデレたりできる平成生まれインターネット育ち埼玉県民

去年の11月、もはや「リア友」「ネットの友達」ってカテゴライズ、いらないんじゃない?って思った日のことをブログに書こうと思い続け、年が明け、コロナがきてもうすぐ6月になる。ろ、6月?春どこいった?

まぁいいや。
そんなことを思った11月のある日は、友人の結婚式だった。頭痛がするくらいのひどい雨が、デ・ウス(というポルノグラフィティのライブグッズである杵と臼)の力で晴れて、感動したり笑ったり忙しかった。
僕が住んでいるのは埼玉で、その日出席した結婚式は熊本で行われた。流れでお神酒を飲ませてもらった。どんな流れだよ。笑

熊本とは縁があるんだよな、と僕はよく言うけれど、熊本との縁のはじまりはその日の新婦からだ。
その友人との出会いは十数年前、ポルノグラフィティのファン掲示板だった。そこで出会ったとき、中学生の僕には熊本ははるか遠かった。それがまさか、関東でのライブに来るというその子に会って、友人を紹介しあって、みんなで仲良くなって、熊本と埼玉からそれぞれ大阪や静岡のライブに参戦して共にビールを飲み、そのまま結婚式に呼ばれるような関係になると、当時の僕はたぶん信じないだろう。笑

思えば僕がうつ病で倒れて潰れきったとき、東京に駆けつけてくれたこともある。あれにどれだけ励まされたことか。何かあればラインするし、マスク作って送ってもらうし、別のやつは突然推しのファンアートを提供してくれるし(?)、大好きな親友たちである。
どこで出会ったの、と聞かれたらインターネットだけど、インターネットはもはやインフラだし、リアルと地続きだ。だって、仮に、仮にその子たちと仲良くなってなかったら、僕は九州にライブ遠征をしないまま人生を終えた可能性すらある。
1つの出会いがこれだけ長続きして、これだけ人生に影響してくるんだから、友人というのはありがたい。
たぶんあいつらはみんな僕のことが好きだし、僕のことを呆れることこそあれど、ほんとにやばいときは叱ってくれる気がする。そのくらい信頼している。その信頼が、マイナスに振り切った僕の自己肯定感を救ってくれる。
雑魚寝しながらみんなが寝た夜にヒソヒソ話をする関係のままでずっといられたらいいなあ。

自己肯定感を救われる、というテーマでいくと、定期的に酒と北区と足立区の治安の話をするライングループがある。書いていて意味がわからないけどだいたいそんなかんじ。
優しい相槌、かと思いきや突然のボケ、に繰り出されるキラーフレーズで僕はツッコミも絶え絶えに笑い転げている。頭を北区にして考えたらわかるよ、わかんねえよ。笑
基本的にはあほなんだけど、突然、しみじみと僕のことを肯定してくれる。受容がうまいふたりが僕の話を聞いて、僕より泣いてくれる。そのありがたさ。これもインターネットで出会った人たちだ。え、でもへたなリア友より会ってる。

じゃあリア友がいないのかというとそんなこともない。ひとりだいすきなリア友が「おれに自慢できることはあんまりないけど、友達に恵まれていることは誇れる」ってよく言うんだけれど(そのたびにUVERworldかよって言っちゃうんだけど)、これはひそかな確信で、僕はその友人にたぶん括ってもらっている。
その子は面白くて賢くてモテる。なのに僕に時間を使ってくれることが多くて、自己肯定感が低い僕は、学生のとき、僕に付き合わされて迷惑じゃないの、とマジで聞いたことがある。我ながらいい迷惑だないま考えたら。その友人は「質問の意味がわからない」って言いながら僕の意図を汲み取って、そのうえで、「好きなやつ以外に使う時間があるほど暇じゃない」と言ってくれた。たぶん本人は覚えてないと思うんだけど、それがひそかに支えになっている。いまでも仲良しです。

それこそ別のリア友と、このあいだTick Tockっていう、違う画面を見ながら協力プレーするゲームアプリをリモートでやった。超楽しかったし、同時に、僕が普段どれだけその子の優しさと賢さに甘えているか痛感した。そのゲームは、自分の見えている画面と相手の見えている画面が違うから、それを口頭で説明し合いながら一緒に謎解きをする系なんだけど、なんとまぁ、僕の「なんか……時計の……グワって……なってる……ネオメロのPVに出てくるやつ……」「ネオメロは好きだけどPVはわかんないけどそれは歯車?」ってな具合である。アキネーターかよ。
言葉に尽くそうと心がける僕の言葉にできない部分を補ってくれて、ポジションで言えば僕が口だけ出すダメ部長で、実務を全てやってくれるのがその友人だ。大学時代、もう見捨てられてもいいくらい面倒を見てもらって、いまでも面倒を見てもらっている。好き。

ツイッターに猫ちゃん画像をリプしてくるなんてbotかネットの人だと思ったら高校の同級生だし(猫も可愛いけどおまえらがいちばんかわいいよ)、高校の同級生はひとりもはやリア友なのかネットのやつなのかわかんなくなってるし、かと思うと家でよく話に出すから勝手に大学の友達だと思われていたフォロワーがいたりする。たぶん前世は双子。あとティンカーベルもいるわ。え、ふつうに書ききれないな。大好きな人たちと過ごした時間や場所を愛するだけの話で、ネットかリアルか、マジで境目がなくなってきた。滲んだ万年筆のインクみたいなかんじ?と、また好きな人の顔を思い出す。

僕はすぐ、好きって言う。好きな人が多すぎるだけだ。だから僕の「好き」は軽い、と人に言われたりもするんだけど、好きじゃない人に好きなんて言わない。それこそ、好きじゃない人に好きと言う時間があるほど暇じゃない。好きって言葉にだって誠実でいようと思う。でも、好きが軽いといじられるくらい、いろんな好きな人に好きと言える環境にいられる自分、自己肯定感は低いけど、運はいいのかもしれない。と、11月に思ったのを、いまさら書いた。さっきラインしてた大好きな人たちのラインをスクショして、思い出したので、日記でした。
神神の日、これも大好きな友人が言ってくれた、しーくんは人に居場所をつくるのがうまい、みたいな、いてもいいって思わせてくれる、みたいな、嬉しかったから、たまにはそういう、僕の好きな人(の好きな人くらいまでオッケー)がよってたかれる(?)場所みたいな存在になれていたらいいのだけれど。